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冬の始まり、真実を知る時

 十二月も二週目に入ると、かなり冷え込みが厳しくなってきていた。


 研究室内は暖房が効いているが、それでも足元は少し冷えてくるので、茉乃はいつもモコモコした膝掛けを掛けて実験を続けていた。


「マノちゃーん!ココア飲みたい!寒いのよー、あったかいもの飲みたいの〜!」


 突然やってきた結城が、空のマグカップを持って悶えている。厚手のローブを羽織りその中に薄いダウンを着ているらしい。寒がりの結城はよく見ると足元もモコモコした何かを履いている。


「いいですよ。私が給湯室で作ってきます。インスタントみたいなやつですけどいいですか?廊下は冷えますから、結城さんは待っててください!」

「マノちゃん天使!ありがとう!!待ってるー!!」


 少し大袈裟なほどに喜んでくれる結城のために、マグカップを受け取り、ココアを作りに部屋を出た。給湯室の棚の中に茉乃が持ってきたミルクココアの素とマシュマロが入っている。棚のとびらを開き、それらを取り出した。


「俺も飲みたいな、茉乃のココア。」

「柊さん!」


 聞き慣れた優しい声に振り向くと、柊が給湯室の入り口で優しい微笑みを浮かべて立っていた。


「柊さんも休憩ですか?」

「うん。今日は比較的余裕があるんだ。」

「そうなんですね。あ、マシュマロも入れます?」

「うん。甘いのがいいな。・・・茉乃。」

「はい?」


 柊は少し近寄って、茉乃の額にキスをする。


「ちょ!?ちょっとこんな所で!?」


 動揺のあまりカップを落としそうになるが、柊が魔法術で浮かび上げてくれた。ふわーっと空中に浮かび上がったカップは、そっと茉乃の手のひらに落ちてくる。


「あ、ありがとうございます!」

「ごめん。甘いのがほしくてつい!」

「もう!」


 ちょっとだけ怒りながらも柊には甘くなってしまう自分がいるな、と茉乃はしみじみ感じていた。そして数日前に江口と交わした会話を思い出す。


「・・・柊さん、もしかして私、あと数ヶ月で向こうに戻れるんですか?」


 茉乃はお湯を沸かしながら、柊を見ずに質問する。顔を見ながら話せないな、と思っていた。


「それ、江口から聞いたの?」

「はい。数日前に。」

「そっか。」


 柊が少し近付くのを背中に感じる。お湯が沸き、ココアを少しずつお湯で溶いていく。元々少し甘い粉なので、お砂糖は少しだけ入れて、少量のお湯で少しずつ混ぜる。


「たぶん、夏前には可能になると思う。」

「・・・そう、なんですね。」

「茉乃、でも別に急いで帰らなくてもいいんだ。」

「はい。わかってます。でも、研究がうまくいけば、帰るしかないですよね?」

「そんなことは・・・」


 茉乃は柊に笑顔を向けた。


「私は大丈夫です。まだ研究は続きますし、すぐって話じゃないんですよね?だから今日はただ聞いてみただけですから!心配しないでください。ね?」

「茉乃・・・」


 柊の眉間には深いしわが寄る。茉乃はそのしわを指でぐっと開いた。


「そんな顔しちゃダメです!柊さんはいつも笑顔でいてください。困らせるつもりで聞いたんじゃなく、柊さんとは秘密がない状態でいたくて聞いただけですから。」


 そうして茉乃は、三つのカップに残りのお湯を注ぎ入れ、よく混ぜてマシュマロを浮かべた。


「はい、甘いもの!元気になりますからゆっくり飲んでくださいね。柊さんのは甘さ控えめです。じゃあ、私戻りますね!」



 茉乃は黙ってしまった柊に笑顔を向けて、研究室にゆっくり戻った。その表情は、柊には見せられないほど苦しそうな顔になっていた。




 茉乃が研究室に戻ると、見慣れない男性が立っていた。結城が珍しくその人に気を遣っている様子だったので、茉乃は少し意外に思い、見つめていた。


 すると結城の方からさっと茉乃に近寄り、小さな声で素早く事情を説明する。


「マノちゃん、ココアありがとう。こちらの方、鷹宮卓たかみやすぐるさんと仰ってね、うちの研究所も含めた全国の魔法術研究所を統括するトップの方なの。華さんのお父様でもあるのよ。ご挨拶してね。」


 茉乃は驚き、慌てて目の前に歩み寄って頭を下げた。


「初めまして!藤堂茉乃と申します。」

「こちらこそ初めまして。あなたがこちらの世界に来てくれたという稀有な方でしたか。お会いできて嬉しいです。ぜひ一度ゆっくりお話したいと思っていたんです。どうでしょう、今から少しお時間をいただけないかな。」


 笑顔が優しい五十代後半のその男性は、白髪の混じった上品な黒髪と、娘である華によく似た細身ですらっとした美しい体型と姿勢の良さが印象的な男性だった。


「はい、もちろんです!」


 茉乃は緊張のあまり少し大声で返事をしてしまい、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまう。そんな様子を微笑ましそうに見つめながら、彼は茉乃のココアをトレーごと持つと、研究室を出て上の階に行こうと促した。



 そして六階の応接間のような部屋に案内され、茉乃はガチガチに緊張しながらソファーに腰掛けた。



「緊張させちゃったかな?急にごめんね。さあ、冷めないうちにココアを飲んで!私はさっきお茶を飲んだから、気にしなくていいよ。」


 優しい言葉に少しだけホッとして、茉乃はココアのカップに口をつけた。



「実は今日、あなたに大切な話をしなくちゃいけなくてね。」

「はい、なんでしょうか?」


 茉乃はその言葉に一気に不安が押し寄せ、胃が痛くなる。


「うん。言いにくいんだけれど・・・あなたは、鈴村くんとその、お付き合いをしているというのは本当なのかな?」

「え!?」


 全く予想もしていなかった質問に、茉乃はココアのカップを持ったまま全ての動きが止まってしまった。そんなプライベートなことをこんな偉い人と話すなんて思ってもみなかったからだ。


「その様子だと本当のようだね。だとしたらあなたが知っておいた方がいいことを、今からお話しようと思う。ショッキングな内容かもしれないが、聞いてもらえるかな?」


 茉乃はカップをテーブルの上に置いた。聞かないわけにはいかない。もう現実から、自分から逃げないと決めたのだから。


「はい。お願いします。」



 ―――そうして、茉乃は柊と彼の力の真実を、そしてこれから訪れるであろう現実の非情さを、思い知ることになった。


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