バーベキューと茉乃の受難
連休の初日、秋晴れとなったその日は、五階の研究員達が集まってのバーベキュー大会となった。
元々は佐藤所長の自宅で少人数で、という話だったようだが、伸びに伸びた結果、新しい研究員も含めて親睦会をと言う話になり現在に至る。
研究員達は車を出し合いながら目的地であるバーベキュー場に向かう。
現地では食材などは全て用意してもらうことになっているが、お酒だけは所長含め数名の上席の方々がお金を出し合ってくれたので、川田と結城と一緒に茉乃も朝からお酒を買い出しに出かけていた。
「マノちゃん!飲みたいのあったら入れちゃっていいからね。ほら、買い出ししてる人の役得ってことで!川田くんもまあ一本くらいならいいわよ。」
「どうしてそこで差別が生まれてるんすか!?」
「いつもあたしのこと冷たい目で見てるじゃない!だからよー。」
茉乃は二人の様子を見ながら、自分も楽しくなって一緒に笑っていた。鷹宮や市村のことを考えると少し不安があったが、せっかくの休日、みんなで楽しみたい!と気持ちを持ち直していた。
「さてー、じゃあお酒はこのくらいかなあ。足りない分は向こうでも少し買えるらしいからそれで補おう!」
「・・・どれだけ飲む気ですか?」
「あら、あたしじゃないわよ。所長と鈴村さんがウワバミなんだもの。」
「・・・」
お酒に弱い茉乃は、柊と飲んだのは一度きりなので、彼がそれほど強いとは知らなかった。まあでも確かにあの日も結構飲んでたなあ、などとぼーっと考えているうちに、結城が運転する車はバーベキュー場に向けて出発していた。
現地ではもう何名かの研究員達が準備を始めている。人工的に整えられた浅い川に沿っていくつかの区画に分かれ、何組かの家族連れの姿が見られた。
今回茉乃達は二十人ほどの参加者だったので、二区画を借りて広々と準備をしている。
「あら、藤堂さん?」
重いお酒をせっせと運んでいると、鷹宮が話しかけてきた。今日の彼女はとてもラフな服装にポニーテール、という可愛らしい姿で、茉乃はまた素敵・・・と思いながらつい見つめてしまう。
「こんにちは、鷹宮さん!今日もその・・・素敵です!」
茉乃の言葉に一瞬目を丸くする。そしてあははと笑い出してしまった鷹宮に、茉乃は戸惑う。
「ごめんなさい、笑ったりして!だってすごく可愛らしいことを言ってくれるから。何だか気が抜けちゃったわ。・・・ねえ、藤堂さんは、鈴村くんと付き合っているのよね?」
「!・・・は、はい。」
鷹宮の直球の質問に、目を見ていていいのかもわからず、茉乃は狼狽える。
「そうよね、うん。・・・あのね、今日は私、あなたときちんと話そうと思っていたの。今、ちょっといいかな?」
茉乃はお酒の袋を少し先の木のテーブルの上に置き、鷹宮の後について、人気のない林の中に移動した。
「あのね。私、ずっと鈴村くんのこと、好きだったの。」
「・・・はい。」
鷹宮は、茉乃の反応を見ながら話を続ける。
「何となくうまくいきそうな雰囲気の時もあったのよ?でもどうしても勇気が出なくて、彼に告白してもらえたら、って欲張ったことを考えちゃったの。それで、気がついたら私は彼と離れた場所に行かなきゃいけなくなっちゃって。」
ゆったりと話す声は柔らかく、落ち着いている。茉乃はただその先の言葉を怯えて待っている。
「ああ、あの時告白しておけばよかった、って今でも後悔してるの。でも結局こうして、あなたの存在を知ってしまった。」
茉乃は一言も話すことができない。目を合わせることすらできない。
「藤堂さん、あなたはこの研究がうまくいったら、元いた世界に帰るのよね?それなら、私のこと応援してくれないかしら?」
「そ、それは」
「もちろんひどいことを言っているのは承知の上なの。でも、帰ってしまうと言うなら、あなただって彼を傷付けることになるわ。それなら傷はお互い浅い方がいいんじゃないかしら。」
「でも・・・」
鷹宮は真っ直ぐ茉乃を見つめる。チラッと見えたその真剣な表情すら美しい、と茉乃は思う。
「すぐにとは言わないわ。少しでいいから考えてみて。彼も、遠くに行ってしまうあなたとのかりそめの関係より、お互いよく知っている、同じ世界の人の方が安心できると思うの。」
「私は・・・」
鷹宮は一つため息をついて、目を伏せた。
「ごめんなさい。こんなことあなたに言うべきではないってわかってるし、わがままなのも承知してる。私はあなたのこと、嫌いじゃないし。無理に聞いてくれとは言わないわ。でも彼のことを真剣に思っているなら、考えるだけ考えてみて。お願い。」
茉乃は、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・無理です。」
「え?」
息を大きく吸って、言葉を続けた。
「やっぱり無理です。たとえ明日、離れ離れになってしまうとしても、私が柊さんを好きな気持ちを誤魔化すことの方がよっぽど彼を傷付けると思うんです。だから、ごめんなさい!協力はできません!!・・・失礼します。」
茉乃はこんなに自分の思っていることを必死に人に伝えたのは初めてだった。
今までずっと人から逃げ、自分のできることから逃げ、本の世界が自分を救ってくれると信じて生きてきた。
だが違った。自分を助けられるのは自分だけだったし、嫌なことがあってもこうして言うべきことを言えたのも自分だった。
そしてそれは、柊が、自分を本当に大切に思ってくれていると知ったから、わかったことだった。できたことだった。
(柊さん、私、これでよかったかな?)
走って持ち場に戻った茉乃は、顔を何度も叩いて気合いを入れ直し、バーベキューの準備に取り掛かった。




