近付く二人、近付けない距離
帰りの車内は、しばらく無言状態が続いていた。
茉乃はグルグルと今日あった様々な出来事を頭の中で巡らせながら、自分の気持ちと向き合っていた。
沢木に強引に迫られたこと、柊への気持ちを指摘されたこと、そして柊に許嫁と思われている女性がいること・・・
「ねえ、マノちゃん。」
「はい。」
「僕に許嫁とか婚約者とかはいないよ?」
「え!?」
柊は運転をしながら、チラッと茉乃の方を見て言った。
「どこから話を聞いてたんですか?」
「・・・今更だから言っちゃうと、ほぼ全部。」
「もう立派なストーカーですね。」
「今日という今日は否定できないね。」
茉乃が深くため息をついて柊を見る。
「心配してくれたことは嬉しいんです。でも過保護が過ぎませんか?それと、許嫁だの婚約者だのは・・・私には関係ないことです。」
「・・・」
嘘じゃない。関係がないのだ、彼が誰と付き合おうと、誰と婚約しようと。
なぜショックを受けたのか、今はもうわかっていた。それでも、家族のように大切に思ってくれている人に、自分のそんな気持ちを押し付けるわけにはいかない。
―――いずれここからいなくなってしまうのだから。
「柊さんが誰とお付き合いしてるとか、私が聞くべきことでもないですし、その、何も気にしていませんから。」
「マノちゃん・・・」
柊の表情がなぜか少し硬くなったような気がした。
「私はこの世界で誰かとお付き合いとか全く考えていませんから。だからもう心配しないでください。必要があれば・・・家を出て寮に入りますから。」
「それは駄目だ!」
柊がどこかのお店の広い駐車場に車を停めた。
「マノちゃん。それは絶対に駄目だよ。君は権力のあるやつらにとって目の上のたんこぶなんだ。俺がいるから手出しをしないだけで、離れてしまったら何が起こるかわからない!」
茉乃は柊と向き合い、言った。
「わかりました。じゃあ隣の部屋はお借りしておきます。でもお互いもう私生活には踏み込まないということでいいんじゃないですか?私も柊さんの交友関係にとやかく言うことはありませんし、柊さんも過剰に心配しなくていいんです。それでいいじゃないですか!」
「よくない!!」
「どうしてですか!?」
二人の間に再び沈黙が訪れた。
「・・・保護者ぶるのはもうやめてください。私はなりたてですけどもう大人なんです。自分のことは自分で何とかします。」
「君が大人なのは、よく知ってるよ。」
「・・・それと、からかうのももうやめてください。」
「マノちゃんそれは・・・」
「デートしたり、手を握ったり、そういうのは彼女さんとしてください。誤解されるようなことはしたくないし、私も・・・困ります。」
柊がハンドルの上に腕を乗せ、顔を伏せた。
「・・・わかった。」
茉乃は柊から視線を外し、前を向く。
「帰りましょう?柊さん。」
「ああ。帰ろう。」
近付いたはずなのに遠ざかる二人の距離に、それぞれが複雑な思いを抱えながら再び帰路についた。
柊のマンションには、途中でコンビニで軽食を買って、二十一時過ぎに到着した。
「じゃあおやすみなさい。」
「うん。おやすみ。」
茉乃が部屋に帰っていく。
柊は手を伸ばしたが、もう届かなかった。
「俺は何をやってるんだ・・・」
彼女をどうしたいのかも決められないまま、他の男には取られたくないなんて、通用するはずがなかった。だから覚悟を決めていた沢木にある意味先を越されたのだ。
一人で部屋に戻り、食事も取らずに寝室に入る。
「もう、遅いのか?」
着替えもせず、サングラスだけ外してベッドに倒れ込んだ。
「茉乃・・・こんなに、好きなのに。」
言えない気持ちが、押し殺してきた気持ちが、今になって溢れ出す。彼女は本当に自分のことを何とも思っていないのか?家族のようにしか感じていないのか?
あのデートの日、もう少しで心が近付けたはずなのに。
(臆病だった自分が、彼女を遠ざけてしまったんだ)
誰にも触れさせず、この部屋に閉じ込めて、ただひたすら甘やかして自分だけのものにしたい。そんな欲望まみれの自分に嘘をついて、彼女にも嘘をついて、全てがこの手からこぼれ落ちてしまった。
「もう一回、最初から始めよう。」
柊はベッドから起き上がり、ダイニングに向かう。そこからリビングに移動し、ソファーの背もたれに手を触れた。
(ここから始まったんだ、二人の生活が)
最初の日、彼女は柊から遠く離れて座った。ある時は彼女がここで眠ったり、またある時は二人でここで笑い合ったりもした。そしていつか、ここで二人、寄り添って座りたい。抱きしめ合いたい。
柊はもう迷わなかった。
「俺は彼女と生きる道を選ぶ。」
失った信頼と離れてしまった距離を取り戻すために、柊はようやく、覚悟を決めた。




