家族のような人
次に茉乃が目覚めたのは、自分の部屋のベッドの上だった。時計を見ると既に夜の二十時を回っていた。
江口の実家に無理やり連れていかれ、さらに監禁されたところまでは覚えている。だがそこから先の記憶が全くと言っていいほどない。
(何で家にいるの?いったい何があったの!?)
疑問だらけの茉乃は飛び起きて柊の部屋に駆け込んだ。
「柊さん!?」
「え、マノちゃん?起きたのか・・・体は平気?」
「いったい何がどうなってここにいるんですか!?」
「落ち着いて!ちゃんと話すから。ね?」
柊は茉乃を落ち着かせるように肩に手を乗せ、そのままソファに座らせた。
「じゃあ、誤魔化さないで教えてくださいね!」
茉乃が少し涙目になりながら、ちょっとだけ怒った顔で柊を見つめている。その表情に釘付けになり、柊は一瞬だけ我を忘れた。
「ひ、ひいらぎさん!?」
無意識に茉乃を抱きしめていたことに気付き、慌てて離れる。
「ごめん!無事だったことが嬉しくてつい・・・。」
そして優しい茉乃はその言い訳を簡単に信じてくれた。
「そんな・・・本当に心配してくれてたんですね。私こそごめんなさい!」
(マノちゃん・・・ごめん)
「いいんだ。それでね、何があったかを説明するよ。まず、君が資料室に行ったきり帰ってこないと聞いたから、慌てて探しに行ったんだ。そしたら江口正之の家にいることがわかってさ。迎えに行ったら君を返してくれた、ってわけ。」
あまりに省略されたような内容に、茉乃は何かをはぐらかされているような気はしたが、とりあえず事実は理解できた。
「じゃあ、柊さんが助けに来てくれた、ってことですか?」
「うん、まあ。でもそんな大したことはしてないよ。とにかく無事でよかった!」
そう言ってにっこりと笑う柊に、茉乃はぎゅうっと抱きついた。
「・・・え」
「柊さん、ありがとうございます!前にヒロさんにも柊さんは保護者だって言われたんですけど、保護者以上の存在です!いつもこんな私に優しくしてくださってありがとうございます!」
そしてパッと離れると笑顔を向け、柊の一瞬期待した心を打ち砕く。
「柊さんが手を繋いでくれたりハグをしてくれた意味って、こういうことだったんですね!大事な家族みたいに思ってくれて、本当に嬉しいです!これからもよろしくお願いします。」
満面の笑みを浮かべる茉乃に対して、柊は引きつったような笑顔で頷くことしかできなかった。
茉乃は自室に戻る。今日は遅いから夕飯を外に食べに行こうと言われて、部屋に着替えや荷物を取りに戻った。
(あのハグの意味は、そういうことですよね、柊さん・・・)
茉乃は自分の中に芽生えつつある、何か頭を混乱させる気持ちを、そうして無理やり納得させた。一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、家族のように大切な人になっていくのだと。
(柊さんが家族として私を大切に思ってくれるなら、私もそうしよう!)
今は自分がこの世界に来た理由、文字をみんなが読めるような世界にしていくこと、それを一番に頑張っていこう。それが柊さんの悲願なのだから。
そして茉乃は小さめのショルダーバッグを肩にかけて、柊の部屋に向かった。
柊は部屋で着替えている。先ほどまでまだスーツのままだったからだ。
(隙をつかれたとはいえ、こうも簡単に江口の家に囚われてしまうとは。迂闊だった)
彼女を救い出しに行く時、頭には『俺の茉乃に何しやがる』という言葉がぐるぐる回り続けていた。だから江口の父にもつい『俺の茉乃』なんて言ってしまったが、思い出すほど恥ずかしいというか、切なくなるというか・・・
はあー、と大きなため息が口をついて出てしまう。
だが、茉乃にはどうやら、『家族のように大事な人、家族のように自分を大切にしてくれる人』認定をされてしまったらしい。
(いや、それでよかったんだ)
あのデートがいくら楽しかったとしても、毎日の夕食の時間をどれだけ独占できるとしても。
彼女は、いずれ帰っていく。
(俺の気持ちを隠しておけばいいだけ)
「柊さーん、お待たせしました!」
そうだ、今彼女は誰よりも俺を信頼している。それだけでも彼女の中では特別な存在なのだと自分を励まし、柊は玄関で呼んでいる茉乃に返事をした。
「はーい、今行くよ!」
二年、この状態で耐えられるかどうか。忍耐力がどこまで保つか。今は自分の思いを一旦封印して、茉乃との食事に出かけることにした。




