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気まずい研究室

 翌日、研究室に行くと全員が部屋に揃っていた。


 茉乃がドアを開けると、四人が何やら深刻な顔で話し合っている様子に驚く。


「おはようございます。あの、何かありましたか?」


 不安そうにそう声をかけると、結城がタタタッと茉乃のところに走り寄り、ぎゅっと茉乃に抱きついた。


「マノちゃん!無事でよかった!!江口の実家に囚われてたんだって?何で私が休みの時にそんなことに・・・体は大丈夫?怪我とかしなかった?」


 結城は大きな目がこぼれ落ちそうなほど目を開いて心配してくれた。他の三人もその様子をじっと見守っている。


「あ、あ、あの!大丈夫です!結城さん。怪我もしなかったですし、怖いことも、少しはありましたけど平気でした。それに、柊さんが助けに来てくれたので。」

「そうなの!鈴村さんだったら軽々助けてくれたに違いないわね。あの人に勝てる人なんて多分ほぼいないから。」

「え?」


 茉乃は、パッと離れて目の前の椅子に座った結城をまじまじと見つめた。


「そんなに強いんですか?」

「うん。あら知らなかった?彼はかつて実技でオール満点を取った天才だったのよ。しかもまだ少年って言える年頃だったのにね。当時の先生方との模擬戦闘では、誰一人彼に勝てた先生はいなかったらしいわよ。」


 そうだったんだ・・・と呟き俯いていると、江口が側まで近づいてきて声をかけた。


「昨日は父が君に迷惑をかけた。すまなかった。」


 そして深々と頭を下げる。茉乃は思わずその手に触れて、頭を上げてください、と叫んだ。


「江口さんのせいじゃありません。私も危機感が足りなかったし、もっと力をつけていかなきゃいけないってわかりました。この世界のこと、どこかでまだ夢みたいに思ってたんです。でも現実を突きつけられたような気がします。」

「藤堂さん・・・」


 茉乃は慌てて手を離し、笑顔を作った。


「だから気にしないでください。もうこの話は終わりにしましょう!仕事しましょう!ね?」


 そう言ってみんなの顔を見ると、それぞれが頷いたり笑顔を見せて、いつもの仕事に戻っていった。




「マノちゃん。ちょっとお昼休み、時間もらえるかな?」


 午前中の実技演習の前に、沢木が少し深刻そうな顔で予定を聞いてくる。


「あ、はい。でも私お弁当なんですけど・・・」

「ああ、大丈夫。今日はパンを買ってあるから。」

「そうなんですね。わかりました。」


 何となく気まずい空気のまま、その日は繰り返し水を操る練習を繰り返した。





 お昼休み、沢木以外の三人はいつものように食堂に出かけていった。そして約束通り、沢木と少し席を離して座り、昼食を食べる。


「マノちゃん、お弁当いつも作ってきててすごいね。」

「え?いえ、全然!前の日の残り物とか、簡単なものしか詰めていないので大したものじゃないんですよ。」

「でも偉いよ。あ、その卵焼き、一つちょうだい?」

「はい、あ、でも爪楊枝とか無くて、手で取りますか?」


 お弁当箱を目の前に差し出すが、沢木は茉乃をじっと見たまま動かない。


「マノちゃんに食べさせてほしいな。」


 沢木の視線が、顔が、目に痛い。つい目を逸らしてしまう。そしてこの間の告白を思い出し、さらに動揺した。


「ええと、その、そういうあれはその」

「マノちゃん?お願い。ただ食べたいだけだよ。手を入れるとマノちゃんがその後食べにくくなっちゃうから、ね?」


 茉乃は仕方なく箸で挟んで沢木の口元に卵焼きを差し出す。顔をまともに見られないまま、彼が食べ終わるのを待った。


「美味しい。ごちそうさま。」


 その声にようやく目をあげると、優しく見つめている瞳と目が合った。


「いえ、お粗末さまでした・・・」


 そのまま少しずつおかずを食べていると、沢木が静かに話し始める。


「昨日はごめん。君が連れ去られたのは、明らかに俺のせいだ。」


 茉乃の箸が止まる。


「ち、違います!あれは誰のせいでもないです。今回のことはもういつ起こってもおかしくなかったし、誰も責められるようなことはしていません!だから」

「だけど俺は気にする。誰よりも守りたい人は君なのに、俺は忙しさを理由に君をちゃんと見ていなかった。この世界がこういう場所なんだと君よりもずっとわかっているのに。本当にごめん!」

「ヒロさん・・・」


 何のフォローもできずに、茉乃は箸を置いた。食欲はもう消え失せていた。


「マノちゃん。」

「はい。」

「それでも俺は、この間言ったことを取り消すつもりはないから。」

「え?」


 視線から伝わる彼の強い思いが、茉乃の心を揺り動かす。


「あの、その件はやっぱり」

「君の世界に行ってもいい。」

「そんな!?」

「その位、君に夢中なんだ。だから俺は君と離れ離れにはならない。それなら考えてもらえる?」


 茉乃は今度こそ言葉を見失った。こんなに本気で自分のことを思ってくれているなんて、思っていなかったからだ。


 それでも、心の中にそれを受け入れられない『何か』が渦巻いている。気付いてはいけない、何か。


「・・・少し、考えさせてください。」

「うん!もちろん!ゆっくりでいいから。待ってる。」


 そうして気まずい空気はそのままに、茉乃はだいぶ残ってしまったお弁当箱の蓋を閉め、片付けを始めた。


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