親子の確執、力の差
「泉。私だ。今話せるか。」
父からの電話などほとんど出ない江口が、なぜかその日は気まぐれでつい出てしまう。出張から帰ってきたばかりで、疲れが溜まっていたのだろうか。
「何ですか、父さん。」
電話の向こうで笑っているような雰囲気があったが、意図が読めないのでただ返事を待った。
「ああ、最近研究室にお前のお気に入りの子がいるらしいね。どうかな、その子を我が家の嫁に迎えたいんだが。」
「・・・何の話だ。」
思わず声に怒りが混じる。そしてそれをあっさりと看破されて追い詰められた。
「ほら、やっぱりお気に入りじゃないか。お前の嫁にぴったりの可愛い子だね。今うちに来てくれていてね。お茶でもどうぞともてなしていたんだが、どうも長居するつもりはないようだったのでまあ不本意だが、無理にお引き留めしているところなんだよ。」
江口の怒りが頂点に達する。部屋中の物が溢れ出る力に耐えられずガタガタと揺れ始めた。
「何をしている、彼女を解放しろ!」
「お前が助けに来ればいい。そうすれば彼女は返すよ。」
「・・・相変わらずだな。わかった。」
電話をすぐに切り、江口は部屋を飛び出した。
研究室では、沢木は突然降って沸いたかのような仕事量に忙殺されていた。茉乃の不在にも気付けないほどのその状況は、後で思い返すと異常だったとわかったが、その時は全くそのことに気づいていなかった。
そしてそこに柊が現れた。
「あれ、マノちゃんは?」
「え?あれ、おかしいな。資料室に行くって言ったっきり帰ってきてないのかな?」
柊は顔色を変えると物凄い勢いで部屋を飛び出す。沢木はその様子を見てようやく異変に気付かされた。
「マノちゃん?いったい何が・・・」
柊のあの青ざめた顔を思い出し、その場に呆然と立ちすくんだ。
江口が実家に到着すると、沢登がその姿を見て走り寄ってきた。
「泉様!お待ちしておりました!!」
「彼女はどこだ。」
「・・・申し上げられません。まずはお父様にお会いして」
その瞬間、沢登は見えない何かに吹き飛ばされ、塀の内側に叩きつけられた。
「ぐほっ、い、泉さま・・・なにを」
江口は沢登の方を見ることもなく屋敷内に入っていく。玄関を破壊し、廊下に面した全ての障子や襖を全て一瞬で燃やし尽くした。
「泉様!?何をなさっているのですか!?」
「おやめください!!これ以上は困ります!!」
中から慌てた様子の使用人達が何人も飛び出してくる。彼らを吹き飛ばしはしなかったが、その言葉は全て無視して奥に進んだ。
「泉、何をしている。」
廊下の一番奥、そこで江口は父と対峙した。
「父さんこそ、何をしてくれたって?」
二人の間には恐ろしいほどの緊張感が訪れる。
「お前は確かに将来を期待されるほどの強い力を持ってはいるが、私を上回るほどとは思えん。ここでこのまま勝負をする気か?敗れればお前の命も危うくなるぞ。」
「望むところだ。」
正之はまだまだ余裕の笑みを絶やさない。
「ここで争っても何も解決はしない。それより彼女との婚姻を進めていけば、お前は彼女を自分のものにできる、私はお前と危険分子であるあの女の両方が監視下に置ける。こんないい話はないだろう?」
江口の力が暴走する一歩手前まできていた。
「ふざけるな。彼女はこんな家に置いておける人ではない!」
「ほう?つまりお前は、この家でなければ彼女のことは欲しいわけだ。」
「・・・」
「さあどうする?今なら彼女をお前のものにしても誰も何も言えまい。こんなチャンスを逃していいのか?」
「いいも何も、もう彼女はここにいるけど?」
江口がハッとして振り返る。そこには茉乃を抱えて立っている柊がいた。
「なぜお前がここに!?」
正之の顔が引きつる。先ほどの余裕のある笑みはどこかに消えていた。
「なぜって、そりゃあこんな真似されて俺が黙っているわけないよね?考えればわかるでしょ?ああ、わからないからこんなことしちゃったんだー。頭悪いね。」
「何だと!?」
「それとも俺と喧嘩します?泉とは互角?もしくは勝てそう?な感じらしいけど、この俺に敵うと本気で思ってるの?」
正之が青ざめていく。力が抜けたようになり、辺りの緊張感が少し薄れた。その時大量の石が柊に襲いかかった。
「危ない!!」
江口の声が庭に響き渡る。だが柊の周りには見えない壁があるようで、彼も茉乃も全くの無傷だった。
「だからさあ、喧嘩する相手は考えようよ。ね、沢登さん。」
沢登は勢いよく宙に舞い上がったかと思うと、庭にある大きな池にドボーン!と凄まじい音を立てて落ちた。
そして、柊が正之に殺意を持った目を向けた瞬間、彼はその場に膝をつき、そして両手をついた。
「まあ、そういうことです。俺は権力争いには興味がない。今後も勝手にやってください。ただ、大事な仲間である泉と、俺の茉乃に手を出すようなら、次は本当に容赦しませんからそのつもりで。いいですね?」
「・・・わかった。」
そうして柊は、茉乃を抱きかかえたまま、江口を伴い門を抜けて、外に出ていった。
「鈴村。」
「なに?」
「・・・父がすまなかった。」
柊は江口の顔を見ることなく「ああ」と言った。
「お前、彼女のこと・・・」
「それ以上言うならお前も容赦しない。」
「・・・そうか。」
柊は大事な宝物のように茉乃を抱えてその顔を見つめている。
「鈴村、俺の車がもう一台車庫にある。それで帰ろう。」
「ああ、わかった。」
江口は柊のその後ろ姿を、ただ無表情で見つめてから車庫へ向かった。




