魔法術の実技指導
翌日、昨日の衝撃が冷めやらぬまま出勤し、ぼーっとした頭で掃除をしていると、川田が声をかけてきた。
「藤堂さん、大丈夫?なんか疲れてるね。」
「はい、ちょっと昨日衝撃体験があって・・・」
江口とのやりとりは、なぜか柊には話すことができなかった。自分でもよくわからないストップがかかって、何となく普通を装って過ごしてしまった。
(でもきっと何か勘付いていたよね、あの顔は)
昨夜の柊の視線を思い出すとそんな気がしてならなかったが、茉乃はあえて気付かないふりを通すことに決めた。
そして今、川田は心配そうにこっちを見ている。彼は十分に素敵な男性だが、顔立ちで言えば平均的な優しい感じの人なので、年も近くて一番気楽に話せる仲間だった。
「そうなんだ、もしかして江口さんのチェックを受けた?」
「どうしてわかるんですか?」
「だって僕も受けたし、あれ衝撃がすごいからもしかしてそれかなって。」
「やっぱりそうなんだ・・・ちなみにそれ受けた後何か言われました?」
川田は下を見ながら思い出そうとしていたが、その辺りの記憶はあやふやだという。
「たぶん何も言われなかったと思うけど。それにビリビリ痺れる感じなだけで、その後は何でもなかったけどね。藤堂さんには合わなかったのかな?」
「ビリビリ・・・」
何だか自分の体験した感覚と違うとは思ったが、まあそういうこともあるのだろうと、気を取り直して掃除を続けた。
「マノちゃん、今日はいよいよ実技に入ろうか。」
茉乃が掃除道具を片付けていると、沢木が声をかけてきた。本当は結城がその担当だそうだが、基礎を教えるなら沢木くんでしょと言われたらしく、彼がまずは指導係になったらしい。
座学はある程度終わったようなので、午前中の時間を使って練習することになった。
「この実技は、茉乃ちゃんにどんな力があるのかを測る意味がある。何か新たな発見があれば、今持っている力と組み合わせて、君がいない時でも文字を取り戻せる魔法術を確立できるかもしれないからね。」
「はい。私がいなくなった後が大事ですもんね!」
「・・・マノちゃんがずっとここにいてくれたらそれが一番いいんだけどね。」
「あはは、そうもいかないですし、ね?」
茉乃は沢木の視線に落ち着かなくなったが、とりあえず目はそっと逸らして事なきを得た。
「じゃあ始めようか。まずは比較的安全な、風の魔法術から試そう。」
風の力をどう引き出すのか、まずは沢木が説明してくれた。魔法術とこの世界で呼んでいるその力をどう引き出すのか、説明を受けても感覚的にわかるはずもなく、茉乃は困惑した。
「あ、とりあえずローブを着ようか。怪我するといけないからね。」
そう言って彼は一枚の濃いグレーのローブを手渡した。茉乃はそれを羽織ってみる。
「ちょっと大きいです。」
「ああ、今は仮に俺の予備を着てもらってるから。・・・その、でもちょっと後悔してる。」
「え?」
「いや、だってなんか可愛くて・・・ダボダボの俺のローブを着てる姿が。」
茉乃はピキン、と硬直した。
「あ、ごめん!今のはナシ!気にしないで!さあやってみよう。うまくいかなくてもいいから。」
イメージなのだろうか、力をどうやって引き出すのか、風ってなんだ?とひたすら悩んだが、その日はうんうん唸って終わってしまった。
沢木からは「最初はみんなそんな感じだから気にしないで」と言われたが、結構落ち込んでしまった。
そしてできないとしても、やれるだけやってから諦めよう!と決意を固めた。
午後はいつも通り本を朗読し、今日は川田がその内容をチェックする。緊張しない彼との時間でようやく気持ちも安定し、気がつけば柊のお迎えの時間となった。
「マノちゃん、ごめん、今日はもう少し待てる?ちょっと急ぎの用件があってさ。」
慌てて飛び込んできた柊をぽかんと見つめていると、後ろからやってきた沢木が、
「俺が彼女を送っていきますよ。大丈夫です。」
と言って、茉乃の肩に手を置いた。柊の目はその手に向けられている。
(柊さん、これは不可抗力ですから!!)
目で訴えてみたが伝わっただろうか?柊はとにかく急いでいたようで、「わかった頼む」と言ってすぐに戻ってしまった。
「じゃあそういうわけだから、もう少し待っててくれる?俺も後少しで仕事を終わらせるから。」
沢木の笑顔に頷いて、部屋の隅で座って待つことにした。
「よし、行こう!」
十五分ほどしてから、沢木がリュックを片方の肩に掛けて茉乃のところにやってきた。茉乃は立ち上がって一緒に駐車場まで移動する。
「何だか不思議な感じ。マノちゃんと帰るなんて。」
「そうですね。ヒロさんとはいつも時間が違いますもんね。」
「うん。・・・ね、今日こそ一緒に夕飯食べにいかない?」
「え?えーっと・・・」
「ご飯を食べるだけだよ?保護者に遠慮してるのかな?」
「保護者って、柊さんですか?」
「そう。それとも、もっと別の関係なの?」
駐車場に着いた時、そんな質問をされて茉乃は戸惑った。
「別の関係?」
土曜日のデートっぼい何かを思い出す。あれは今振り返ってみても、保護者との一日とはいい難いものだった。
「え、本当にそうだった!?」
「違います違います!!ちょっと言葉の意味を考えちゃっただけで!」
沢木はあからさまにホッとした顔を見せる。
「そう、そうだよね。・・・これ、俺の車だよ。どうぞ乗って!」
茉乃は久しぶりに自分の手で車のドアを開ける。そしていかに柊に甘やかされているのかを改めて感じる。
(駄目だ、こんな時まで柊さんのことを考えるなんて)
そして車に乗り込むと、沢木が笑顔を向けた。
「マノちゃん、何食べたい?」
「そうですね、じゃあ、安くて気軽に入れるお店でお願いします!」
「オッケー!そういう店は得意だよ!美味しい居酒屋さんがあるんだけど、たくさん食べ物の種類があって安くて美味しいんだ。どう?」
「行きます!楽しみ!」
「了解!」
そうして沢木は車のエンジンをかけた。




