日常と非日常
月曜日の朝、研究室ではちょっとしたパニックが起きた。
まず、茉乃が驚くほど垢抜けてやってきたことで結城と沢木が目を丸くし、そして江口が髪を切ってきたのを見て、三人は見たことのない彼の姿に驚愕した。
「マノちゃん、可愛いわ〜!ねえ今週末今度は大人の男性との合コンがあるんだけど〜、一緒にどう?」
結城があの猫のような目で茉乃を見ながら、またしても合コンに誘ってくる。だが今回はなぜか沢木に止められた。
「いやいや、マノちゃんはまだ二十歳だよ?もう少し大人になってからでもいいんじゃない?」
「いやあの、そもそも私二年後には帰るので、こちらでどうこうは考えていないのですが・・・」
結城はニコニコしながら「あら、二年もあれば十分楽しめるわよ!」と茉乃を煽り、沢木はなぜかショックを受けたような表情で「そうか、そうなのか・・・」と呟いていた。
そんな時、ガチャ、という音と共に、江口が現れた。だがそこにいたのは、もうすでにみんなの知る江口ではなかった。
「江口さん!?その髪・・・」
「まあ、江口さんが髪を切るなんて!男前ねえ!」
「マジか・・・」
三者三様で驚くが、本人は至って普通だ。
「鬱陶しくなったから髪を切りに行ったら、勝手に切られた。」
誰も何も言わなかったが、心の中では「切りに行ったんだったらそりゃ切られるだろ」と思っていた。
「思ったよりも短く切られちゃったんですか?でも江口さん、とても似合ってますよ!素敵です!」
茉乃のその言葉に反応し、顔を向ける。茉乃は思わず顔を背けたくなる衝動に駆られたが、なんとか堪えた。すると江口が近づいてくる。
「藤堂くんも、可愛い。」
「ひえっ」
頭にポンポンと手で優しく触れて、一瞬微笑み、また無表情に戻って奥の部屋に入っていった。
「あれ、何ですかね?」
「うふふ、マノちゃん小動物みたいで可愛いって思ったんじゃない?」
「・・・もう一人のライバルか。」
茉乃はもう今日は帰りたいな、と思いながらいつも通り座学の準備を始めた。
今日は川田がお休みだったので、茉乃は部屋の掃除や資料の片付けなどを積極的にお手伝いしていた。途中江口にも手伝いを頼まれて奥の部屋に入ると、ドアを開けた途端にローブを脱いだ江口がすぐ近くに立っていた。
すらっとした体型と髪が短くなったことで顕になった美しい顔立ちが、茉乃の心に危険信号を灯す。
(顔が良すぎる。できる限り見ないようにしよう)
「ごめんなさい!もっとゆっくりドアを開ければよかったですね。」
「平気。座って。」
「はい・・・」
江口に椅子を出されてそこに座る。すると彼も椅子を移動して目の前に座った。
「えっと、これは何が始まるのでしょうか?」
「うん。君の魔法の力を感じてみたい。」
「私の、魔法の力・・・」
魔法などない世界に生まれた茉乃にとって、それは耳に入っても全く受け入れ難い言葉だった。
「本当にそんなもの、あるんでしょうか?」
「あるにはある。でももっと詳しく調べたい。」
「・・・どうしたらいいのでしょうか?」
「両手。前に出してみて。」
茉乃は言われるがままに両手を差し出す。その手を彼も両手で握り、目を閉じた。
「じゃあ、君も目を閉じて、僕が送る力を感じてみて。」
「は、はい!」
すると少しずつ温かい何かが巡ってくるような感覚があった。最初は弱く、次第に強くなり、気がつくと頭がぼーっとして倒れそうになっていた。そんな茉乃をそっと江口が片手で支えた。
「ごめん、強すぎた。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。すみません、倒れそうになったりして!」
「いや。今のは僕が悪い。それより君の魔法の力、すごく心地良いね。」
「え?私何かしましたか?」
何もした意識がない茉乃は少し驚く。
「君の力を少し引き出した。驚いた。すごく、癖になる。」
「はあ、ええと。何か変なんですかね?私。」
「変じゃない。でも特別。もっと・・・」
「え、あの・・・」
そうしてまたあの温かな力が茉乃の体中を駆け巡る。だが今度はもっと強烈だった。意識が吸い込まれそうになる程強く、もう座ってすらいられなくなる。
「いいよ、僕が支えているから、力を抜いて。」
「江口・・・さん・・・?」
「そのまま。」
数分なのか数秒なのかわからなかったが、茉乃は意識が遠のいた状態になり、気がついた時にはなぜか江口の胸が目の前にあった。
「色々わかってきたし、ここらでやめておこう。」
ふっと力が消えて、茉乃は江口の腕の中でぐったりと動けなくなる。
「ごめん、ちょっとやりすぎた。でもまた調査したい。いい?」
力が抜けているのもあって何も言えず、とりあえず頷くことしかできなかった。




