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襲撃、デートの余韻

 プラネタリウムはとても素敵だった。音と光と暗さと、そしてちょうど良い涼しさ。茉乃は少し眠くなりかけたが、時々動きを見せる柊の手のひらを感じて、その度に覚醒する。


(何これ、ほんと、柊さんは何がしたいんだろう?それと何でこんなにドキドキしているんだ、私は!)


 プラネタリウムを見終わった後も手は離してもらえず、むしろ恋人のように繋ぎ直されて改めて顔を赤くする。


「柊さん、私のことからかって楽しんでますよね?」

「さあ、どうかな?別の理由かもしれないよ?君を悪の組織から守るため、とかね?」

「なんですかそれ?」

「まあいいじゃない。僕は幸せだから。」

「・・・」


 そして柊に連れられるままに昼食を済ませ、車に乗り込んだ。もう助手席のドアを開けてもらうことを自然に受け入れている自分がいて、少し恥ずかしくなる。


「あの、いつもありがとうございます、ドアを開けてくれて。」

「え?ああそんなこと!すみれさんああしないと車に乗ってくれないんだよね。面倒なんだから。あ、でもマノちゃんにはしたくてしてるから気にしないで。」


 車内には心地良い沈黙が流れる。


「柊さん。」

「なに、マノちゃん?」

「今どこに向かっているんですか?」

「海」

「海?」

「マノちゃんとの時間は限られているから、少しでも色々なところに一緒に行きたいんだ。それが今の目標。」


 茉乃は嬉しいのに切なくて、何も言えなくなる。


「少し遠出するけど、きっと君も気にいるはずだから、楽しみにしてて!」

「・・・今も楽しいですよ?ドライブ!」


 柊は前を向いたまま顔を赤くした。


「マノちゃんやっぱり悪女だよね・・・」

「え!?違いますよ!もう!」


 初々しい恋人同士みたいな雰囲気だな、と柊は思う。でも、それも二年だけ。二年だけは、誰よりも彼女の近くにいて、守りたいと願う。




「到着!海!」


 二時間ほど車を走らせて海に到着する。長く続く海岸線と、潮の香りが海に来たことを実感させてくれる。


「いいね、なんかデートっぽい!」

「デートっぽい何か、ですよね?」

「・・・なんか引っ掛かりがあるよねその言い方。」

「柊さんは彼女と海とか来たことあるんですか?」


 柊は砂浜に出るまでの道で、立ち止まった。


「無いよ。」


 突然立ち止まった彼に驚いて茉乃は振り返る。


「柊さん?」

「マノちゃん以外、海にもプラネタリウムにも連れていきたいと思った人はいない。」


 茉乃は思わず下を向き、手を離した。


「・・・どうして」

「ん?」

「どうして今日はそんな風にからかうようなことばかり言うんですか?」

「・・・そんなんじゃない。」


 彼の声に苦しそうな何かを感じて、パッと顔を上げた。


「柊さん?」


 その瞬間、柊の表情が鋭いものに変わった。



 茉乃の顔の目の前に大きな火の塊のようなものが飛んでくる。


 避けようもなく腕で頭を庇って座り込むと、何かがその塊を防いでくれた感覚があった。



「な、何!?」

「マノちゃん、下がってて!!」


 柊が素早く動き手を振ると、先ほどの火の塊とは比べ物にならない青白くさえ見えるほどの業火が、柊の手の近くから飛び出した。


 間髪を入れず、今度は風が近くの砂を巻き上げて竜巻のようになり、空中にあった何かを襲っていた。


 それらが起きたのはほんの一瞬のことで、茉乃はただなすすべなく、そこにしゃがんでいることしかできなかった。



「あ、海に落ちた。」


 柊の現実味のない声が耳に届く。茉乃はどうにか自力で立ち上がった。


「何が、一体何が?」


 近くに寄ってきてくれた柊が、茉乃を抱きしめた。抱きしめられて初めて、自分が震えていることに気づく。


「大丈夫。もう心配ないから。ね?」


 そう言った後さっと体を離して、柊は再び茉乃の手を繋いで海に向かう。すると海の中に、先日視察に来ていた沢登という男が立っていた。



「どうも沢登さん。俺と俺の大切な人に手を出そうなんて、ずいぶん悪趣味なんですね。」


 沢登は全身が水浸しになりながら、足元を波に揉まれている。


「さすがだな鈴村・・・でも今日はそのお嬢さんをどうしてもこちらに渡して欲しいんだが。」

「へえ、まだやる気なんだ。俺とやりあうなら結構な怪我をすることも覚悟の上だよね?」

「・・・!」


 そうして柊が手を上げると、突然大量の海の水が、龍のように空に勢いよく昇り始めた。そして手を振り下ろそうとした時、沢登が声を上げた。


「わかった!今日は帰る。・・・今度は彼女に直接お願いに伺うよ。」

「結果は同じだと思うけど。とにかく俺はあんたらに容赦するつもりは一切ないから、あんたの飼い主にもそう伝えておいてよ。」

「・・・」


 沢登は唇を噛んで悔しそうな顔をしながら、そこから空を飛び遠くに消えていった。




「マノちゃん、大丈夫?」

「あの人、なぜ私達を襲ったんですか?」

「それは・・・」


 茉乃は少し震えながら、柊に向き合った。


「教えてください。でないともう二度と手は繋ぎません。」


 茉乃はどうしてそんな交換条件を出してしまったのか自分でもわからなかったが、結果として柊の心に響いたことはわかった。


「それは嫌だ。きちんと話すから、これからも手を繋いで欲しい。」


 差し出された右手を、茉乃はゆっくり受け入れる。


「あいつは江口正之の部下なんだ。江口泉は兄弟の中でも群を抜いて優秀で、彼がいれば一族は今後も華族として安泰だと思われている。でも泉は家が嫌いでね。一切戻る気がないばかりか、この身分制度自体を無くしたいと奮闘してる。一見そうは見えないかもしれないけどね。」


 茉乃は先日の江口の様子を思い出し、頷いた。


「でもそれと私を襲うことと、何の関係があるんですか?」

「まず君はこの世界に文字を復活できるかもしれない人だ。それだけでも身分制度を脅かすかもしれない邪魔な存在なのに、泉が君のことを気に入ってる。・・・まあそれは許し難いけど。だから江口の父は、君を餌に泉を取り戻そうとしてるんだ。」

「そんな・・・」


 しばらくの間、二人の間には波の音だけがそこにあった。


「・・・それじゃあ、今日一日一緒にいてくれたのは、沢登さんをおびき寄せるためですか?それとも襲われないように守ってくれるためですか?」


 茉乃の言葉に何か引っかかりを感じて、柊は手を強く握り直す。


「違う。さっきも言ったけど、俺は君と少しでも一緒にいたいし、思い出を作りたかったんだ。君は・・・いずれ帰ってしまうから。」

「私は・・・」

「マノちゃん。今は何も考えなくていいよ。日々を過ごすので精一杯でしょ?俺が守るから。君はそのままでいて。そしてたくさん本を救ってあげて欲しい。・・・で、たまには二人で遊ぼう?」


 柊の包み込むような優しさに、茉乃の心臓がキュッと苦しくなる気がした。


「今は柊さんに甘えさせてもらってばかりですけど、いつかお返しできるように、頑張ります。」

「うん。わかった。」


 握っていない方の手で茉乃の頭を撫でる。二人はその場所でしばらく、デートの余韻に浸っていた。


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