芽生えた気持ち
そこから数日は同じような日々を過ごす。
朝は研究室に入ると、掃除や準備のお手伝いをしてから、午前中のうちに様々なこの世界の常識、魔法術の種類などについて学んでいく。
『華族』と呼ばれる人達は国内に数パーセントしかいないらしく、政治でも経済でもかなり幅を利かせており、力があるが故に強引に物事を進めたり無理を通そうとしてくる人が多いらしい。
また、柊達のように自分達を『華族』とは考えていないが、政府からその認定を受けて仕事をしている者達も一定数いるらしい。特にこの研究所ではそういう人がほとんどだそうだ。
飛べるというだけでも凄いのだが、それだけの力があると他の力も相当強いらしく、物を動かしたり、火や水、風を操ったり、光を放ったりできるらしい。
(怖い、人間凶器だよそんなの!!)
そして午後は何冊もの本を朗読し、研究室には文字を取り戻した本が次々に積み重なっていった。
結城は大喜びで、次々にそれを川田と手分けをしながら読み返したり、詳しい内容を調査し始めたりしていた。
江口は今は別の仕事があるようで、研究室には来ていない。
そして、茉乃は少しずつ研究室のみんなと仲良くなっていった。特に沢木は頼れるお兄さん的存在として、茉乃の中では「怖くないイケメン」認定をされてより仲良くなっていった。
「マノちゃん、今日少し残れないかな?柊さんにも許可を取るから。」
沢木が午後の朗読の休憩中に奥の部屋にやってきた。週末ということもあり、結城はすでにウキウキしていて、こちらのことは全く気にかけていない様子だ。川田は資料を探しに行っていて、この場にいなかった。
「はい、構いませんが、何か急な仕事ですか?」
「急ってわけでもないんだけど、個人的に読んでほしい資料があって、マノちゃんの助けを借りたいんだ。どうかな?あ、帰りは送っていくよ。俺も車があるから。」
困った様子の沢木の顔を見て、茉乃はニコッと笑って「わかりました!」と返事をした。
「よかった!じゃあ柊さんに話してくる。よろしくね!」
そう言って沢木はすぐに部屋を出ていった。
「ん?あれ、今誰かいたー?」
「ええ?この近距離で気が付かないってすごいですね!」
「だってー、今日は若い男の子達と合コンなんだもの!あたしは仕事も大事だけど、プライベートはより大事なの!あ、マノちゃんも一緒に行く?」
「え!?いえいえ、私はいいです!遠慮します!!」
茉乃が全力でお断りすると、残念そうに眉を下げた。そんな顔もまた可愛らしいのが結城さんだ。
「そう?じゃあまた機会があったら誘うから、次は断っちゃダメよ!さあ、続きを始めよっか?」
再び本を手に取ると、お茶を飲みつつ、声に出して読み始めた。
十七時を過ぎても柊はやってこなかった。沢木の許可は取れたようで、手前の部屋に移動して資料を受け取る。資料と言ってもどうやら手書きのもののようで、何だろうと疑問に思いながら沢木を見た。
「もう読み始めていいんですか?」
「ああ、お願いするよ。」
茉乃は読み始めてすぐに顔色を変えた。
「これって・・・」
「うん、ごめん、騙すような真似をして申し訳なかった。手紙の形では読んでもらえないかと思ってね。それはコピーをしたものだよ。」
「これ、遺書、ですよね。」
沢木の表情が翳る。
「そうなんだ。これは俺の親友の、俺宛の遺書だよ。彼も優秀な魔法術師だったから頭の中にある知識を総動員して、必死で手で書いた文章だったと思う。崩れてしまうことは当然わかっていて、誰にも知られずに俺に伝えたい何かがあったんじゃないかって、そう思ってずっと持っていたんだ。」
茉乃は何と言っていいかわからず、資料を手に俯いてしまう。
「マノちゃん、読んでくれないか?嫌な役目を押し付けてすまない。でも俺は知りたいんだ。あいつが何を最後に俺に伝えようとしていたのかを。」
沢木の必死の思いに、茉乃の胸は締め付けられるようだった。
「ヒロさん、わかりました。じゃあ、読みますね?」
「うん。ありがとう。」
そしてゆっくりと、その文章を読み進めていく。
「・・・以上です。」
沢木は無言だった。その目には涙が浮かんでいたが、茉乃は見て見ないふりを通した。
「ありがとう。俺はもっと、あいつの苦しんでいたこととか、何もできなかった俺への恨み辛みが書かれているとずっと、ずっと恐れてきた。でも違った。まさかこんな風に感謝の気持ちを伝えられるなんて・・・思ってなかった・・・」
そして彼の涙は決壊した。ポロポロと、声も無く涙を流し続ける沢木の姿に、茉乃ももらい泣きしてしまう。
「ヒロさん、お互いに大切な人だったんですね。ヒロさんが素敵な方だから、きっとお友達も、ただ純粋にその気持ちを自分の手で伝えたかったんだと思います。・・・今日は私、一人で帰れますから、落ち着いてからゆっくり帰ってください、ね?」
茉乃がそう言って立ち上がると、突然手を掴まれた。
「おっと?はい?」
沢木が手を握ったまま、下を向いている。
「ヒロさん?大丈夫ですか?あ、ハンカチ使いますか?ごめんなさい気が利かなくて私」
その瞬間ぐっと手を引っ張られ、茉乃は椅子から立ち上がった沢木に抱きしめられていた。
「ええ!?えっと・・・ヒ、ヒロさん!?」
驚きの余り声が裏返り、両手を挙げたまま体が固まった。
「マノちゃん、ありがとう!!」
「い、いえ、どういたしまして?ええと、こっちの世界では感動するとこんな感じですか?」
ぷっと噴き出す声が聞こえて、沢木がゆっくりと離れた。
「ごめん、ちょっと嬉し過ぎて距離感を間違えた!なんか元気が出たよ。マノちゃんのお陰だね。・・・ねえ今夜このまま一緒にご飯食べに行かない?」
沢木の誘いを断ろうと口を開いた瞬間、研究室のドアが開いた。
「・・・マノちゃん。帰ろう。」
柊がなぜか真顔でそこに立っていた。茉乃は不思議に思いながらも、待っていてくれたことがありがたくて頷いた。
「ヒロさんごめんなさい!今日はもう家で作る夕食の材料が揃っているのでまた今度誘ってください!またいずれ、みんなでご飯を食べに行きましょう!」
沢木は柊の顔をチラッと見た後、茉乃に微笑みかけた。
「うん、そうだね。また誘うよ。気をつけて帰ってね。」
「はい!お疲れさまです!」
そうして無言のまま研究室を出ていく柊の後を追って、茉乃は荷物を持って急いで廊下に向かった。




