柊の憂鬱
(何だ、あれは!?)
柊はさっき、研究室のドアの外から、部屋の中を透視していた。こんな特殊な魔法術を使える優秀な自分を、今日だけは恨む。
茉乃は、泣いている沢木に抱きしめられ、両手を挙げたまま動きが止まっていた。
(俺は何を見せられたんだ?)
―――そして自宅に戻り寝室に籠る。胸の中で何かが暴れ回るような、頭が沸騰するようなこの状態を、柊はどうにも持て余していた。
「なんであいつは、マノちゃんを抱きしめてたんだ!?」
声に出してしまってからハッとする。今キッチンでは茉乃が夕飯を作ってくれている。聞こえてはいないはずだが一瞬焦った。
言えない気持ちを抱えたまま、あんな彼女の姿を見せられて、一体俺はどうしたらいいんだと、柊はベッドで呻いてしまう。
(彼女をどうしたいんだ、俺は・・・)
結局全てはそこに行き着く。元の世界に帰すのか、それともずっと自分の元に・・・ そこまで考えて顔が赤くなる。
(まずい。そんなに彼女を・・・)
そしてもう一度だけ自分の気持ちを抑えてみようと心に決める。なぜなら、自分だけが、彼女を帰すも手元に置くも、自分の自由にできてしまうからだ。
(彼女を佳乃さんのところに帰してあげないと)
もうこれが、自分から彼女を守る最後のチャンスだとわかっていた。いつ崩れてもおかしくないその自分への戒めを、固く固く心に誓って、柊はキッチンに向かった。
茉乃は今夜は週末ということで少し浮かれながら夕飯を作り始めた。今日のメニューは生姜焼き。たっぷりキャベツも刻んで、スープもつけて、トマトも添えてと、楽しみながら作っていく。
だが、ふとさっきの沢木のことを思い出した。
(辛かったんだなあ、でもさすがに抱きつくのは駄目だよね)
あの時は焦ってしまったが、きっとお友達の最後の言葉に感極まってしまったんだろうと結論づけた。そしてもう一人の心配な人のことが頭をよぎる。
(柊さん、どうしちゃったんだろう?)
ここのところの柊は、時々じっと茉乃を見ていたり、何度も声をかけてきたり、かと思うと全く話さない無口な日もあって、何かあったのかと心配していた。
(柊さんが元気がないと、私も元気が出ないな・・・)
そこまで考えて、ふと手を止めた。
(でも、それ、何でだろう?)
柊の存在は最初から大きかった。強引に連れてこられて戸惑ってはいたが、いつも優しくて温かくて、心配してくれて。それが本当に嬉しかった。そういう人が、茉乃には祖母しかいなかったから。
沢木とは仲は良くなったが、柊とは違う。でもどう違うのか、言葉にならない何かに、茉乃は少し困惑していた。
「マノちゃん?どうしたの?」
「ひゃい!?」
柊が目を丸くした後笑い出す。
「ひゃいって何?あはははは!!」
「ううう、ちょっと考え事してたら突然声をかけてくるからびっくりしただけです!」
笑いが止まらない様子の柊を少し睨み、スープの味見をしようとスプーンを取り出したところで、柊に手で止められる。
「え、味見、駄目ですか?」
「マノちゃん、考え事って、沢木のこと?」
「え?」
柊の顔はもう笑っていなかった。
「えと、まあそれもありますけど、どちらかと言うと柊さんのことかな?」
「・・・え、俺?」
「だって最近柊さん体調悪そうだったり、疲れているのか無言になっちゃったりして心配だったんです。でもいつも何でもないって言うから、それ以上聞けなくて・・・。」
目を伏せる茉乃の手をそっと離した。
「マノちゃん。ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だから。」
「本当ですか?」
目を上げる。長いまつ毛が揺れる。柊は思わず息を呑んだ。
「うん。でもお願いがあるんだ。」
「お願い、ですか?」
「そう。僕は君のことを佳乃さんから預かっている身なんだ。その、佳乃さんはああ言ってたけど、やっぱりここにいる時間には限りがあるし、別れの時が来て君が傷付くのを黙って見てるわけにはいかないんだ。だから・・・」
茉乃は顔を顰める。
「ごめんなさい、話が全く見えないのですが、何のことですか?」
「いやさっきさ、研究室でその、沢木と抱き合ってたから、てっきりそういう仲なのかと・・・」
「え!?覗いてたんですか!?」
「覗いてない!そうじゃなくてあの」
「柊さん?」
茉乃の声が突然低くなり、柊はため息をついて白状した。
「ごめん。透視しちゃって、見えちゃったんだ。君達が抱き合ってるのを。」
「抱き合ってません!!あれは沢木さんがお友達の遺書を読んで感動して動揺してああなっちゃっただけで、他意はありません!!」
「え、そうなの?」
はあ、と今度は茉乃が大きくため息をついた。
「柊さんが何を心配しているのかはわかりました。でも私は顔がいい男性は基本的に興味がないんです。たぶんただの思い込みとか、トラウマみたいなものですけど、どうしても最後に嫌な思いをするんじゃないかって思ってしまうから。だから少なくとも沢木さんとそういうことにはなりません。」
柊はじっと茉乃を見つめる。
「じゃあ、俺は?」
「え?」
茉乃は言っている意味がわからずキョトンとする。
「えっと、え?」
「俺だったとしても同じってこと?」
答えが見つからない。声にならない。
「私は・・・わかりません・・・」
柊はふっと目を逸らすと、そのままキッチンを出ていってしまった。
(期待していいってことなのか!?何なんだ!俺にどうしろって言うんだ!?)
自分が興味本位で投げかけた質問で余計に自分の首を絞める結果になったことを、柊は心底後悔した。




