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癒しの存在

 初日は、沢木の授業の内容をまとめあげたところで午前中が終了し、お昼を挟んでいよいよ本を実際に読んでいくことになった。


 ちなみにまとめたノートは音読すると予想通り文字が復活し、それを見た沢木は目を丸くしていた。


「すごい・・・肉眼で文字を見るのは初めてだよ。しかもマノちゃん、字が綺麗だね。」

「あ、ありがとうございます!」


 ノートはかなり乱雑に書いてしまったので少し恥ずかしかった。



 お昼ご飯はお弁当を持ってきていたので、研究室の一画を借りて一人で食べた。他の四人は「食堂に行ってくる」と言って研究室を離れた。


 静かな室内、ひとりぼっちなのは何となく久しぶりな気がして、ちょっと新鮮に感じるほどだった。


「あれ、マノちゃん一人?」

「柊さん!」


 茉乃がお弁当を片付けているとそっとドアを開け柊が顔を出した。


 嬉しくなって駆け寄ると、柊も笑顔で迎えてくれる。


「どう、初日は?疲れたかな?」

「柊さん、私に甘すぎますよ?まだ午前中ですし、勉強しかしていませんから。それより柊さんの体調が心配です!」


 茉乃の真剣な表情に、柊は嬉しさを隠しきれない。


「うん。なんかマノちゃんの顔を見たら元気になった。もう少し元気をもらってもいい?」

「え?」


 柊は茉乃の右手をそっと持ち上げると、ゆっくりと両手で包み込んだ。茉乃は突然のことに息が止まる。


「はあ、ほっとした。マノちゃん。」

「は、はい!?」

「ありがとう。俺の世界に来てくれて。」

「へっ!?」


 素っ頓狂な声を上げてしまい少し恥ずかしくなる。ドアの向こうから少しずつ笑い声や話し声が近付いてきた。


 柊はそっと手を離すと、「じゃあまた帰りに」と言って部屋を出ていった。


(な、何だったの、今のは?)


 茉乃はしばらく、混乱した頭のまま、ドアの側に立っていた。





 少ししてから、午後の時間が始まる。今度は結城がやってきて、奥の部屋へ行きましょ、と言われついていく。


「マノちゃん、今日はまずこの本をお願いしたいの。」


 そう言って手渡された本のタイトルを読むと、『新たなる人類の進化 ―魔法を手にする人々―』と書かれていた。


「凄いわ・・・挿絵とかデータの感じから、おそらくそんなような内容じゃないかとは思っていたんだけど、予想以上の本だったわね。この内容がわかれば、魔法が人々の間に広まった初期の情報がわかるわ!私ここで聞いているから、ゆっくり読んでみてね。あ、もちろん休憩はどんどん取って!お茶もたっぷり作っておいたから。さあ、じゃあ始めましょうか!」


 結城が一気にそこまで話すと、勢いに押されるように茉乃も読み始めた。かなり長い文章だったので何回も休憩を挟みつつ、無事に最後まで読み終えることができた。


 ちなみに時々読めない言葉や漢字があった時には、佳乃が入れておいてくれた電子辞書と紙の辞書の二つを活用して乗り切った。向こうの世界から持ち込んだものは特に変化がないということも、一つの貴重な情報になった。


 その辞書は他の三人もかなり興味を持ってくれたようで、今後研究室に置いておきますと言ったら全員に喜ばれた。江口は相変わらず「どうも」としか言わなかったが、その短い言葉から微かに感謝の気持ちが伝わってきた、ような気がしたので、気にしないことにした。



 休憩を挟み二冊目、三冊目に突入し、三冊目の前半で今日の時間が終了した。


「お疲れさま!初日からかなり頑張ってもらっちゃったわね。無理させすぎたかしら・・・。今日はとにかくゆっくり休んで。ね?」

「はい、ありがとうございます!」


 結城や他の研究員達は皆優しく気遣ってくれる。疲れはあっても気持ちは晴れやかだった。




 そして帰宅準備をしていると、柊が迎えにきてくれた。


「マノちゃん、帰ろっか。」

「はい!それじゃあ、お先に失礼します!」

「お疲れさま!気をつけてね。」

「また明日ね、マノちゃん!」


 まだ仕事の残っている彼らを心の中で応援しつつ、柊の車で家に帰った。




 その晩は、柊のリクエストで夏野菜のカレーを作る。もう夏も終わり間近だが、残暑が厳しいこの季節、少しでも元気が欲しいということで、スパイスも買って本格的に野菜とチキンのカレーを作ってみた。


「うまい!!」


 柊が大袈裟なくらいに誉めてくれる。


「そ、そうですか?何だか久しぶりに作ったからどうかなと思ったんですけど、お口に合ったならよかったです!」

「うん。最高!このチキンも柔らかいし、野菜がゴロゴロ入っているのも好き!リクエストに応えてくれたのが何より嬉しいよ!」


 そう言いながらいつものように綺麗に上品に食べる彼の姿に、ついつい茉乃の顔も綻んでしまう。そしてその表情を見ていた柊の手も止まった。


「柊さん?」


 まだ残っている皿の上にスプーンを置いた。


「ねえ、マノちゃん。」

「はい、何でしょうか?」


 真剣な眼差しで茉乃を見つめる。


「俺と一緒に夕食を食べるの、嫌じゃない?」


 茉乃は目をパチパチさせながら考える。


「嫌じゃないですけど、何でそんなことを聞くんですか?」

「いや、夕食のことを決めた時、結構無理やり作ってもらうことにしちゃったからさ。何だか申し訳なくて。」


 ああ、と茉乃が微笑む。


「確かにあの時は嵌められた!と思いましたけど。」

「やっぱり!」

「でも今は、むしろ柊さんとの食事が楽しみですから。」


 そう言ってニコッと笑い、柊のコップに麦茶を注ぎ足す。


「・・・マノちゃんはそうやってすぐ俺を翻弄するよね。」

「え?ごめんなさい、よく聞こえなくて・・・」


 かなり小さな声でボソボソ呟いた彼の声は、結局茉乃の耳に届くことは無かった。


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