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美味しいお酒と甘い囁き

 マンションからタクシーに乗って目的地に向かう。柊はいつもより少し無口な気がしたが、あまり気にしてもいけないかと思い、茉乃は反対側の窓の外を眺める。


 外はまだ夏ということもあって空に明るさが残っている。それでも八月も終わりに近くなり、夕方はだいぶ涼しくなってきて、暑いのが苦手な茉乃はちょっと嬉しい。



 目的のお店は、飲み屋さんではなくちょっとお洒落な二階建てのイタリアンバルだった。そんなお店に来たことのない茉乃は気後れして入るのを躊躇う。


「マノちゃん?」

「えっと、こんなお洒落なお店、初めてなので緊張して・・・」


 柊は茉乃の側まで戻ると、優しい笑顔でスッと右手を差し出した。


「大丈夫。僕が一緒だから。お手をどうぞ、お嬢様?」


 ふざけたふりをしてまた助けてくれようとする。茉乃は柊の優しさに今夜だけは甘えることにした。


「あ、ありがとう、ございます・・・」


 指先だけ触れるようにしてのせた柊の手のひらは、少し冷たくて、大きくて緊張する。そして柊の顔を見られないまま、手をそっと握られて入店した。




 店内に入るとすぐに手を離し、お礼を言う。まだまだお子様な自分が恥ずかしいが、何事も経験と割り切って前を向いた。


「柊さん?」

「・・・いや、何でもない。個室に案内してもらおう。」


 柊は顔を見せてくれないまま、店員と一緒に予約した個室に向かって歩き出した。




 個室のドアを開けると、すでに全員揃っていた。まさかの江口もそこにいて、茉乃は意外だなと内心考えていた。さすがにローブは羽織っていなかったが、長い髪を無造作に後ろでまとめて、前髪は少し長かった。黒っぽい服に身を包んでいるので相変わらず魔法使いっぽさがあふれている。


(江口さんてこういう場を一番嫌がりそうに見えたけど・・・やっぱり人は見かけによらないんだよね。気をつけよう!)


「マノちゃーん!ココココ、ここに座って!」

結城が手を大きく振って呼んでいる。江口との間になるが、いい機会だと思ってそこに座ることにした。


「こんばんは!」

室内の全員に向けて挨拶をすると、それぞれが笑顔で挨拶を返してくれた。

「・・・どうも。」

江口も挨拶をしてくれたことが嬉しくて、茉乃はにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、始めようか!」

沢木の一声で歓迎会が始まった。



 お酒を選び、料理が運ばれてくると、その彩りの美しさと食欲をそそるいい香りに、茉乃は一気にお腹がすいてくる。大皿のものは茉乃が率先してみんなに、取り分けたりもしつつ、和やかに食事会は進んでいった。


「ねえねえマノちゃん!こっちの世界はどう?向こうとは全然違うのかしら?」


 結城がワインを飲みながら茉乃に次々と質問を繰り出してくる。


「そうですね、やっぱり魔法が無いことが一番なんですけど、建物が低かったり、ちょっとしたところの違いがすごく違和感がありますね。でもお店とか人とかファッションとかはそんなに違いを感じないので、最初よりはだいぶ慣れてきました!」


 へえ、と少し離れた席で川田が興味津々で話を聞いている。


「藤堂さんは、今どこに住んでいるの?」


 沢木が茉乃の近くまでワインのボトルを持ってやってきた。早速結城がグラスを空けて注がれるのを待っている。


「今は鈴村さんのマンションの一室をお借りしています。皆さんはどちらにお住まいなんですか?」


 茉乃はまだあまりお酒に慣れていないので、今は白ワインを少しずつ飲み進めている。


「俺達は基本独身寮に住んでいるよ。結城は実家が近いからそっちだけど、他三人は同じ寮なんだ。」

「そうなんですね。私も寮の方がいいのかな?」

「いや駄目だ。マノちゃんはまだこの世界のことを知らないんだからあの部屋を使ってまずは慣れた方がいい。」


 柊が突然話に入ってきてみんなが驚く。本人は至って冷静な顔でぐいぐいワインを空けているが、その場は一瞬微妙な空気が流れた。


「ウフフ!マノちゃんもっと飲んで〜!夜はまだ長いわよ!楽しみましょ?」


 結城が空気を読まずに絡んでくれたおかげで、ピリッとした状況はなんとか回避できた。



 しばらくすると酔いが回ってきたのか、茉乃はちょっとトイレに行きたくなって席を立つ。少し足元がふらつきながらトイレに行って戻ってくると、途中の廊下で柊が待っていた。


「マノちゃん、大丈夫?だいぶ酔ってるんじゃない?」

「えへへ、大丈夫ですー!でも酔うのって楽しいですね!」

「・・・ほら、つかまって。」

「はーい!」


 柊の手に素直につかまりながら部屋に戻ろうと歩き出したが、すぐに躓きそうになる。


「マノちゃん、今日は帰ろうか?」

「えー、でも皆さんが待っているのに・・・」

「仕方ないよ。これ以上飲んだら危ないから、ね?」

「えーでもー。」

「ほら、わがまま言わない。帰るよ!」


 茉乃はぎゅっと柊のシャツを掴む。


「あと一杯だけ・・・だめですか?」


 無意識に発動した上目遣いは、柊の思考を奪う。


「・・・マノちゃん、俺をどうしたいの。」

「え・・・?」


 柊はゆっくりと茉乃に顔を近付けると、耳元に唇を寄せて囁いた。


「そんな風に俺を煽ってどうしたいのって聞いてるんだけど。」

「!?」



 そして、茉乃の記憶はそこで途切れた。


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