12.振り絞った勇気
「シャーロット、起きて頂戴、シャーロット」
「ん…」
目を開けると、絶望の光景が目の前に広がっていた。手足は鎖で繋がれ、見慣れたチューブが体に刺され、血液が瓶に溜まっていく。息が荒く、眩暈がする。血液が足りてないのだ。力の入らない手で、チューブを抜こうと足掻くが、届かない。
「ダメよ、シャーロット。全部抜きましょうね。その代わり、私の血をあげる」
「い…や…っ」
抵抗しても、何もできない。瞳から涙が流れた。自分がこんなにも無力なのが悔しくて、恥ずかしくて、情けない以上に、今の現状が怖かった。
また、首を落とされるかもしれない。
また、薬物を体に入れられるかもしれない。
また、次は、何年間、独りでーー。
「まぁ、これは魔王のものね。いらないわ」
右手の小指の指輪と、耳飾りを取られた。そこらに捨てて、転がっていく様子を見て、絶望感が増す。スティーヴンの加護が、最も容易く取られてしまった。
「スティーヴン様…!」
完全に独りだ。なんだか、ウェルバートまで見えてきそうだと思っていると、微かに声が聞こえた。
ーーシャーロット!シャーロット!皆来テイル!
うっすらとした意識の中で目に入ったのはーー単眼の烏だった。
「貴方は…」
確か、魔物の無差別殺傷事件の時に被害に遭った、烏。
「やだ何この鳥!どっから入ったのよ!」
サキュリーが烏を掴み、床に投げ捨てた。音を立てて落ちた烏は、羽が折れている。駆け寄ろうにも、動けない。だがーー勇気が、少し湧いた。
シャーロットは無詠唱魔術の使い手だが、詠唱魔術も使える。杖や魔導書がなくとも、簡単な回復魔法なら使えた。
『汝、暖かな風、大地の澱みを消し去らん』
呟くと、眩い光が単眼の烏を包んだ。折れた羽は元に戻り、また羽ばたき出す。今度もまた、元気よく。
「シャーロット!皆、来テル!」
「みん、な…」
ーーそうだ、わたくしはもう、独りじゃない。
希望が見えた時、蝋燭の炎が消え、部屋が真っ暗になった。冷たい風が体を撫で、つららから水滴が額に落ちた。
「よくも、手を出してくれたな」
地獄の底から響くような、そんな声が聞こえた。それが、スティーヴンのものだと、考えずともわかった。
「くそ、なんで場所がわかった!サキュリー時間を稼げ!」
「わかってるわーーえっ」
スティーヴンは瞬時に手足の枷を外し、シャーロットを抱きしめていた。チューブは外され、血液の溜まった大きな瓶だけが残されている。
「返して!」
「返して、だと?」
スティーヴンの身体は、怒りに震えていた。腑が煮え繰り返り、もう手もつけられない。
スティーブンの琥珀色の瞳だけが光り、しんと場が静まり返ると思えば、スティーヴンの背後から数え切れないほどの『目』が二人を見ていた。
「…っ、精霊を連れてきたのね」
「この数に勝てるか」
「カール、逃げるわよ!」
血液の溜まった瓶を持ち去ろうとしたのを、オスカーは見逃さない。杖で雷を放ち、瓶を割った。鉄臭い匂いが充満する。
「カール!」
ジャスミンが駆け出し、逃げ出す前のカールの腕を掴もうとしてーー届かなかった。
「ばいばーい、またねぇ」
にこやかに笑って、結界を張った闇の中へ消えていった。
「逃すのですか!」
「いや、罠を張った。同じ、な」
「罠…?」
ジャスミンが聞くと、テオドールが答える。
「オスカーがかかった罠と同じ。ここで結界を張ると、スティーヴの結界が展開され、上書きされて捕まるってわけだ。スティーヴが逃すわけないだろう?お嬢さん」
シャーロットは息も絶え絶えに、その場に崩れ落ちた。それをスティーヴンが支えて抱き上げた。きつくきつく抱きしめて、もう大丈夫だと伝えれば、シャーロットは気を失った。
崩れ落ちたのは、ジャスミンも同じだった。おそろしいあの場所がここにある。血の匂い、薬品の匂い、埃の、においーー。
「ジャスミン殿、失礼」
オスカーがジャスミンを抱き上げた。恐怖で動けなくなってしまったジャスミンを、オスカー達は笑わない。どれほど恐ろしい目にあったのか、考えてもわからないくらいに、きっと恐怖したのだろう。
「大丈夫です。シャーロット様は無事です。カールも魔女も、今から俺たちが処分します」
歯をガタガタ言わせながら涙を流し、ジャスミンが頷く。
「ごめんなさい、力に、なれなくて」
「いいえ、貴女は、よく頑張ってくれました」
「そうですよ。オスカーを助けてくれて、ありがとうございます」
ロゼッタがそう言い、ジャスミンを受け取った。
「行け」
「はっ」
オスカーと大量の精霊、魔物達が暗闇の結界の中に入っていったーー。




