10.稀血の魔女
ーー可哀想なシャーロット。死ねないシャーロット。
声が聞こえた。いつの間にか意識を失っていたらしい。誰かに抱き抱えられていることに気がついた。
「誰ーーひっ」
顔をあげると、先ほどの男がいた。両目にばつ印のような傷跡がある盲目の男が。
「離して!」
「もう起きたのか。魔法があまり効かないな。耐性があるのか」
「何を言っているの!おろして!」
「降ろすよ、そこで」
洞窟のような、鍾乳洞のような入り組んだ道を進み、広い部屋に出てーー心臓が止まるかと思った。
ーー儀式の場だ。
見覚えのある魔法陣。見覚えのある儀式の台。見覚えのある牢屋。冷たい、冷たいあの部屋がーー。
「再現してみたんだ。どう?そっくりだろう?」
男の声が反響する。ぞっとして、息が震える。
何も言えず、動けずにいると、男は魔法陣が書かれた台の上にシャーロットを下ろした。
「な、何をするつもりなの…!」
「ウェルバート」
その名前に、びくりと肩が跳ねた。実父の名だ。この部屋そっくりの城で行われた実験が、頭をよぎる。
「ウェルバートの友、カールという。久しぶりだな、シャーロット」
「かー…る…」
ズキっと頭が痛み、瞬時に記憶が蘇ってきた。知っているーーこの男を。
ーーカール、メス。
ーーカール、食事を与えておけ。
ーーカール、血を抜け。
血液が逆流するように、沸騰するように、とてつもない恐怖心が湧き上がってきた。知っている。この男は、ウェルバートの助手の、カールだ。確か罪に問われ、懲罰を受けたと聞いたがーー。
「魔女と契約したんだ、シャーロットが欲しいんだとよ」
こちらの疑問を読み取ったのか、カールが答える。終身刑になっていたところ、牢屋に魔女が現れたそうだ。シャーロットが欲しい、と。
「サキュリー」
音もなく黒い影が蠢く。カールの隣に、いつの間にか驚異的なまでに美しい女が立っていた。
「こんにちは、シャーロット。会うのは久しぶりね」
ガクガクと歯が鳴る。そうだ、知っている。知っている、このーー魔女を。
ーー炎が渦巻き、体を焼き尽くす時、この女ーー魔女を見た。その時、太腿に魔女の刻印が浮かんだのだ。
汗が滝のように流れる。怖い。怖い。怖い。
また、あの時のような、恐怖を。
たった一人で…?
「シャーロット、いい子ねぇ。大人しくて、いい子だから、ね?」
サキュリーの長い爪が頬を切る。垂れた血を舐めて、艶かしい笑みを浮かべた。
「魔女になって?貴女のお父様と契約したのに、破談になったの。貴女を魔女にもらう代わりにーー世界を滅ぼす約束をしたのよ」
愕然とした。実父はとんでもない計画を立てていたのか。世界を滅ぼすなど、何故。
「な…っ、なにを…っ、滅ぼすなんて」
「サキュリー、言い方が悪いぞ。違うだろう。魔法が使えない人間は皆、滅ぼす、だろう?」
「誤差じゃない」
「誤差じゃない。魔法が使えない、魔術しか使えない魔導士などいらないんだ。精霊に愛され、妖精に認められた人間のみが生存する世界であるべきだ」
意味がわからず固まっていると、サキュリーは割けそうなくらいに口角をあげた。
「魔女になってもらうわよ、シャーロット。貴女は稀血。稀血の魔女は世界を変えるほどの魔法を使えるのよ」
「ま、れち?」
「そう、この美味しい血。でも待ってねシャーロット。魔女になる前に、あなたのだぁいすきな実験よ」
「じっ、けん…?」
さっと血の気が引く。逃げようと台から降りると、カールが髪を掴んで乱暴に台に乗せ直した。
「やめて…!離して…!」
怖い、怖い、嫌だ、嫌だ、嫌だ…!
「しーっ、シャーロット、静かに」
サキュリーが馬乗りになり、首筋に歯を立てた。ちりとした痛みの後、血を吸われていると気づいた。振り解こうとしたところ、両手足を鎖で繋がれてしまった。動けない。なにも、できない。血を多く吸われたのか、眩暈がしてきた。
「痛くないようにしてあげる。血を抜いて、私に入れるの。そうしたら、私が稀血の魔女になれるかもしれないでしょう?なれたら、貴女は永遠の命を持ったただの人間。貴女は何も特別じゃない」
その言葉には棘があった。羨ましいと言った感情が読み取れた。
震えが止まらない。血の気が引いてーー意識を失った。




