8.ラヲ
昔、拐われたことがある。オルシャキアで、小さい頃に城下町で。珍しく、義父母とジャスミンと出掛けていた時、運悪く逸れてしまい、そこで珍しい髪色だからと、人身売買の現場に連れて行かれてしまったのだ。
商品だからと傷はつけられなかったが、シャーロットはそれから暫く外に怯えるようになった。人身売買の現場を見ていたのだ。傷つけられてまで売られる子供や、もう生き絶えてしまった子供も多くいた。そんな過酷な現場を見て、なにもできなかったと後悔をしていた。
ーーそれは、ジャスミンも同じだった。
狭い牢獄で過ごした数年間。あれをまた味わわせてしまった。今度は自分が守るはずだったのに。
「シャーロット様…っ」
「後悔は後にして、今はいち早く見つけましょう」
オスカーの声に頷く。
オスカーが杖を振り、呪文を唱えた。すると、消えていたはずの魔法陣が浮き上がる。
「これは…魔女の魔法陣だな…」
「今の魔法は…?」
「魔法探知の一種です。魔法や魔術を使った痕跡を浮き上がらせる魔法ですね。でも、おかしいな」
「なにがです?」
オスカーが呟き、その場にしゃがむ。
「臭う」
「におい?」
ジャスミンも同じように嗅いでみるが、何も匂いはない。
「なんか、臭うんだよな。うーん…」
ぶつぶつ呟き、オスカーが噴水に手を突っ込む。
「ルーカスが出てきた場所はーーっと」
カチッと音がして、魔法陣がまた発動した。
「やべっ」
ガチャンと派手な音が鳴り、その場に透明の牢屋ができた。スティーヴンまで捕まえるつもりだったのか。
「オスカー!」
「大丈夫っす!この程度の魔法陣なら…あれ?」
杖を振ろうとするが、体動かないらしい。
「やっべー…」
「わ、私はどうしたら!」
杖は持っているが、解除方法がわからない。魔法はまだ使えない。
「ジャスミン殿、今からいう呪文を唱えて、精霊に頼んでみてくれますか」
「は、はい!」
「時間がないので、口頭で。チャンスは一回。これはタイムリミットのある転移魔法陣です。呪文は、『汝、時を止め、解け』。魔法を使うには精霊を呼ばなければなりません、俺の友達のラヲを呼んでみてください。精霊で妖精のラヲ、気に入ったやつにしかいうこと聞かないけど…ははっ」
乾いた声で笑い、どこか諦めた顔で言う。
「やります!」
人だかりができていてもおかしくないのに、ここは誰一人も人がいない。結界が張られているのだろうか。
ジャスミンはフット息を吐いて、精霊に呼びかける。
(ラヲ。ラヲ、聞いてください。この魔法陣を解きたいのです。)
ほわほわと明るい光が集まってきた。
「誰だてめー。俺様は呼ぶとは、何様だ」
「ラヲ。私はジャスミン。あなたのお友達のオスカーがピンチなの。力を貸してください」
「え?あいつが?はははっ!おもしれーじゃん!」
天邪鬼な性格らしい。時間がないから焦ってしまいそうだが、落ち着いて考える。
(妖精とは契約を交わすことができる、と聞いたことがある)
「私と契約してほしいの」
「ん?契約か?何をよこしてくれるんだ」
「おい、ジャスミン殿、やめるんだ」
「いいえ。オスカー。失敗はできないの」
「妖精とはいえ、代償はえげつないんだぞ!」
「知っているわ」
嗚呼、シャーロット様、怒るだろうな。
「なんでもあげる。何が欲しい?」
「ジャスミン!」
珍しく、オスカーが焦った声を出した。ラヲは満足気に笑い、こう言った。
「お前の寿命、半分くれ。俺、もう短いんだよな」
ふっと息を吐き、笑う。そんなものでよければ、差し出そう。
「ジャスミン!断るんだ!ラヲ!お前あとで覚えてろよ!」
オスカーがガシャンガシャンと檻を揺らすが、びくともしない。もう時間がない。
「ラヲ。私の寿命ーー」
「ジャスミン殿」
言いかけた途中で、オスカーが重い声を出した。大きくないのに、腹まで響くような声だった。言い終わる前に止めると、オスカーは目を細め、鋭い視線でコチラをみていた。ぞわりと背中が泡立ち、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。
「シャーロット様は、どうするのです」
怒った声で、そう言った。
「永遠の命を与えられた彼の方を、置いて行くのですか」
ーー置いていく。
はっとして、息を呑んだ。今、不安で、怖くて、堪らないであろうシャーロットの為なら。娼婦でも奴隷でもなると言ったシャーロットの為ならーー。でも、それは違った。それは私のエゴだ。
「……寿命はあげられない。でも、これならあげられる」
「なんだぁ?」
「右目でどう?貴方、目が悪いでしょう」
「なぜ、それを」
「様子を見ていたらわかるわ。美しい景色を見たいでしょう?この契約なら、どうかしら」
「…ふん、いいだろう」
そう言って、ラヲはジャスミンの肩に乗った。
『汝、時を止め、解け』
そう言い杖を振ると、体が光に包まれた。そして、オスカーを覆っていた檻が壊れた。
「…ジャスミン殿…」
「ふふっ、お揃いね」
オスカーは右目に傷があり、見えていない。それと同じだと笑えば、オスカーは深いため息をついた。
「無茶をなさいましたね」
「これくらい、いいのですよ」
「…これを」
オスカーが腕に巻いていたハチマキを外し、ジャスミンの右目が隠れるように巻いた。
「これには、魔王様の魔力が流れています。微かに光を感じられるはずです。つけていてください」
「あ、ありがとうございます」
確かに、見えないはずの右目に光を感じることができる。
「すみません、俺の落ち度です」
オスカーは見たこともない険しい顔をして、頭を下げた。
「一度城へ戻りましょう。人が罠を仕掛けた痕跡を見つけました」
そういうオスカーに続き、城へ移転した。




