2.親の言葉
食事を終え、自室に戻ろうとすると、フェリクスに呼び止められた。執務室に来るよう言われ、その通りにする。おそらく、婚約破棄の話だろう。
「失礼致します」
部屋に入ると、ソファにかけるように促された。フェリクスが座ってから腰掛けると、彼は難しい顔をして話を切り出した。
「婚約破棄は、本気なのかい」
「…はい」
「嫌いになったのかい」
グッと言葉に詰まる。正直に話すべきか、それもと、それらしい理由を述べるべきなのか。
「事情が、あるんだね」
フェリクスにはお見通しらしい。微かに頷くと、手を握られた。
「愛というものを、どう思う」
「愛…ですか?」
「そうだ」
真剣な眼差しを向けられ、戸惑ってしまう。そんなこと、考えたこともなかった。
「わかりません」
「そうか」
フェリクスは眉を下げて笑い、頭を撫でてくれた。
「少し、考えるといい。ロティーは、自分のこととなると軽く考えてしまう。相手のことを思い遣っての、婚約破棄だと思う。でも、それは本当に彼のためなのかな。時間はある、考えてみなさい」
「…はい…」
「この後、妻のところに行きなさい。彼女も顔を見たがっていた」
「わかりました」
話は終わったらしい。お辞儀をして部屋を出て、すぐ隣の養母のアデルの部屋をノックした。返答はなかったが、ゆっくりと扉を開ける。
「お養母様、入ります。シャーロットです」
そう声をかけ、ベッドの横の椅子に腰掛ける。アデルはこちらを見て、嬉しそうに笑った。
「おかえりなさい」
以前より痩せただろうか。力無い声に、心配が募る。
「申し訳ありません。このような形で帰ってきてしまって」
「いいのよ。喧嘩でもしたのでしょう?」
「け、喧嘩…では、ないと思います…」
「では、そうね。シャーロットが一方的に別れを告げてきたのね」
アデルもお見通しなのか、と驚いていると、彼女は体を起こした。
「シャーロット、貴女は他人のことばかり。だめよ、自分も大切にしなきゃ」
「…大切にしてもらいました…たくさん」
「それを当たり前と思わないところは、いいところだけど、彼の気持ちはちゃんと聞いたの?」
守れない、と言っていた。あのスティーヴンを、泣かせてしまった。
苦い顔をしていたらしい。アデルが頬を撫でた。
「よく考えなさい、シャーロット。いい、男だからと言って、強くはないのよ。夫婦って、支え合うものなのよ。いつでも会いたくて、愛おしくて…。簡単には離れられないものよ」
アデルの言葉には、説得力があった。
「一つだけ、叱るわね。シャーロット、貴女のしたことは、無責任よ。それが、彼のためだとしても。無責任に放り出したのよ。相手も心があることを、忘れてはなりません」
言葉が重く、響いた。無責任。そうなのかもしれない。これ以上一緒にいては、迷惑をかけてしまうと思った。これ以上一緒にいても、彼を幸せにできないと思った。付きまとう呪いがどこまでも、憎かった。
「愛しいシャーロット、顔を上げて」
涙が、出てしまった。辛くて、寂しくて、愛おしい気持ちが、消えなくて。
「まだ、間に合うわ。スティーヴン様は、婚約破棄の手続きをしていないわ。その意味が、わかるわね」
「…はい」
「もう一度、考えなさい。よく考えて決めたことなら、もう何も言いません。でも今日はもう休みなさい。疲れたでしょう」
髪を撫でられ、涙を拭う。
「ありがとうございました」
そう言い、部屋を出た。
自室に戻ろうと、廊下を歩く間、考えがぐるぐると回った。間違っていたのだろうか。でも、彼の幸せを考えるなら、わたくしじゃないほうが、いい筈だ。でも、でもーー。
階段の上部で、立ち止まった。
わたくしは、間違っているの?
考えても、答えは出ない。今日は休もうと足を踏み出した時、スカートの裾に躓いた。
ーーあ。
階段を転がり落ちる。最上階から、下まで。
シャーロットは、意識を失った。




