真柴の真意
今度は転移の魔法を用いることなく、ジルヴェスターの直線上にあったエレベーターに乗り込むと、ハルカは迷いなく階層のボタンを押した。すぐに音もなくエレベーターが下降を始める。何気なくその数字を目で追ってみると、どうやらあのジルヴェスターの執務室が最上階で、階層は九十六とあった。
「九十六階……」
高い。
「当支部は平素にはホテルを経営しております。八十階より階下は一般用ですよ」
御存知ですか? とホテル名を教えてもらったが、それは吉野も知っている名前だった。東京某所にある超高級ホテルだ。各国首脳や富豪、世界的芸能人が利用する、一泊数十万は下らないという、考えるだけで恐ろしいホテル。一般用と言われてもどうやら一般の水準が桁違いである。
そんなホテルの一室に収容されている真柴が、生活に不自由しているはずもなかった。
「おー、久しいな吉野少年。元気にしていたようで何よりだ」
セネカもよく来たなあ、と迎える真柴には、全く疲労や苦痛の色は見えない。拍子抜けするほど元気そうで、むしろ最後に見たときよりも艶々して見える。
「ま、監禁は監禁だが場所が場所だからな。優雅なもんだぜ」
足を高く組んで真柴は不敵に笑う。とても監禁されている人物には見えない。
ハルカは吉野を部屋に通すと「時間になりましたらお呼びします」と言って退室したので、部屋には吉野、セネカと真柴だけだ。
まあ座れ、と勧められるままに吉野は真柴の正面のソファに腰掛ける。ちなみにセネカは迷いなく真柴の膝に座った。
「……真柴さん」
「おっと。時候の挨拶や御機嫌伺いは不要だぜ。私とお前との仲じゃないか。すっきり本題から入ろうぜ」
せいぜい一時間程度しか顔を合わせたことのない吉野と真柴がどんな仲なのか不明だが、本題からと言うなら是非もない。吉野は真柴を見据えて口を開いた。
「――あんたに訊きたいことがあるんだ」
「訊きたいこと? ほう、あれだな、大方ジルの奴に、協会に入らないか誘われた件について相談したいって言うんだろう」
確かにそれも問いたいところだが、一番は違う。首を振った吉野に真柴は片眉を上げた。
「へえ。それじゃあ何だい」
「セネカのことだ」
真柴の膝に座っているセネカを示して言う。そうしていると本当にただの人形のようなセネカだが、
「あんたに訊きたいんだ――真柴さん。あんたは、どうしてセネカを創ったんだ」
「…………」
吉野の問いに、真柴はすぐには答えない。まるで面白がるかのように、目を細めて見返すだけだ。それを促しと受け取って、吉野は続ける。
「ずっと、いろいろとわからないことだらけだった。今だってそうだ。ほとんど何もわかってない。けれど、これに関しては、他の誰にもわからないことだと思ったんだ。真柴さん――あんたは、どうしてセネカを創ったんだ」
それは以前、秋東と向日にも問うて、答えの得られなかった疑問だ。
「錬金術の目的は終わりの見えない発展の継続。けれど、真柴さんはセネカを創った。あんたは言ったよな、セネカは最高にして最強にして最終。それってつまり、セネカ以上の人形は現れない、錬金術の発展はセネカで終わり。そういうことだろ?」
「そうだな」
これには、真柴はあっさり首肯を返す。だから、それなら、と吉野は続ける。
「それなら真柴さんは、錬金術の最後を創ったことになる――けれど、何かがズレている気がしたんだ。ズレている……真柴さん、あんたの目的は、錬金術の発展なんかじゃないよな」
「違うとしたら、何だと思う?」
「それがわからないんだよ」
問答を楽しんでいることを隠しもしない真柴に、吉野は重ねて言う。
「人形師の目的は、錬金術の発展。それはつまり、人形を創ることが目的だ。けれど真柴さん、あんたが創ったセネカには、まだ続きがあるような気がしてならない。セネカを完成させるという、錬金術を完成させるという目的ではなく――あんたの錬金術は、まだ終わっていない」
つまりだ、と吉野は続けた。
「あんたは、セネカで何がしたかったんだ」
セネカの力で、何を見ようとしたのか。
「世界を手に入れられる。あんたはそう言った。けれど、俺にはわからない――世界を手に入れて、どうするんだ。あんたなら、世界を手に入れて何をする? そもそも、世界って何なんだ――真柴さんにとって、世界って何なんだ?」
吉野の問いに、ふふ、と真柴は笑った。すぐにそれは、くく、という音に変わり、ついには隠しもしない大笑となる。
は、という音の連なりに、吉野は何の答えも見出せず眉根を寄せる。
「何がおかしい」
「いや、すまないな。これは予想以上だと思って。私もセネカも、人選は間違っていなかったわけだ」
全く答えになっていない。そのことに言い返そうとする吉野の機先を制するように、真柴が言葉を続けた。
「悪いがその問い、私はまだ答えるわけにはいかない。お前ならどう思うね? 私は何を思ってセネカを創り、セネカで何を為そうとしたのだと思う? そして――お前なら、どうする」
「……どうって」
「ひとつヒントを出そう。お前はひとつ勘違い、思い違いをしている。その点の正しい理解が、答えに繋がる近道だ。さて――私は、セネカを手に入れれば世界を手に入れられる。そう言ったとお前は言う。だが果たして本当にそうだったか? 初めに私は何と言った?」
それは、と眉根を寄せて吉野は考える。その点に、間違いはないはずだ。真柴は確かに、世界を手に入れられると――いや、そうだったか? 本当に?
何かを思い出したわけではない。
ただ、以前にも同じところに引っ掛かりを覚えたことがある。それを思い出しただけだ。だが、その正体にたどり着くには、時間が足りなかった。
「残念だが、時間のようだよ吉野少年」
その言葉に振り返れば、音もなく背後にハルカが立っていた。ええ、とハルカは頷く。
「お時間です、吉野様。真柴女史へのお別れと、最善の判断の」
「だ、そうだ吉野少年。私はお前に言いたいことは全て言った。お前にはまだ積もる話もあるかもしれないが、ここまでだよ」
言いたいことも何も、吉野は真柴に何も中身のある話をされていないし、一切の疑問に答えが得られていない。そのことを言い募ろうとするも、真柴の膝から立ち上がったセネカがてこてことやってきて、無言で吉野の手を引いた。
「……わかったよ。俺はもう行く。けれど真柴さん――そのうち必ず、あんたから答えを聞くからな」
「おう。聞けるものならな」
なぜか挑発するようなもの言いの真柴だったが、その視線は不思議と、眩しいものを見るような目だった。なぜかはわからない。
だから、あとでゆっくりと聞けばいい。
「行こう、セネカ、ハルカさん――最善の判断のもとに」
吉野は再び、協会代表の前に立つ。




