ジルヴェスター・ラルフォンス
広大な空間だ。実際の床面積だけでもかなり広いが、四方がガラス張りになっていることによってさらに開放感がある。天井も高い。床は毛足の長い絨毯だ。
屋内。
一瞬前まで立っていた、高校の屋上ではない。屋上より遥かに高い建物の一フロアだ。
「……ここは」
「協会が日本支部に御座います」
素早く周囲に視線を走らせた吉野に、ハルカが簡潔に応じる。そのハルカは、既にこちらを向いていない。
正面。この部屋に唯一ある大きなデスク、そこにいる人物へ体を向けている。
「吉野・徹平様とセネカ様をお連れいたしました」
吉野を示しつつ後ろへ下がり、目を伏せたハルカに、その人物は鷹揚に頷く。それから吉野を見据えて、立ち上がった。
「ようこそ、吉野くん。初めまして。私が協会の代表をしているジルヴェスター・ラルフォンスだ」
名乗りに、どうも、と応じながら吉野はジルヴェスターを観察する。
逆光気味なため細部までは見にくいが、見かけは若い。二十代といっても違和感ないだろうが、確か秋東に以前聞いたところでは還暦を過ぎているはずだ。そのことを考えるだけでも十分に怪人物なわけだが……佇まい。
立ち居振る舞い、所作のひとつひとつに、大きな威容と自信が感じられる。威風堂々を体現しているような姿だ。雰囲気に一分の隙も感じられない。
人の上に立つべくして立っている、女傑。
成程これが『至高の三師』かと力ずくで納得させられるような圧で、徹頭徹尾テキトー感満載だった真柴などとは比べられるものではないのだが、
「……なぜ着物?」
ジルヴェスターはどういうわけか、立派な着物を身にまとっていた。薄紫の地に桃色の蝶を飛ばした、洒落たデザインの着物だ。帯も襟もきっちりと着こなしているのだが、ジルヴェスターの西欧系の顔立ち、結い上げられた豪奢な金髪と比較するとどうにもミスマッチである。
やはり凄い人は必ずどこかが奇天烈なのだろうか。
ああ、これか、と吉野の疑問に、ジルヴェスターは自身を見下ろして応じる。
「私の趣味は民族衣装の蒐集でな。世界を渡り歩くことも少なくないから、行く先の民族衣装をチェックして仕立てている。どうかね」
くるっとその場で一周して見せる。事前に聞いていた実年齢や立場などを度外視すればなかなかに茶目っ気を感じさせる仕草だが、諸々を考えずにいられない吉野としてはどうだと問われても何とも答えにくいところであり、
「えっと……とっても着物です」
そのまんまだった。
ぷ、と背後から小さく噴き出す音が聞こえたが、振り返ってもセネカはいつも通りの茫洋とした表情で、ハルカは何事もないかのようにすました顔である。
語彙力に乏しすぎる吉野の感想でも満足したようで、ふふ、とジルヴェスターは笑った。
「さて、では本題に入ろう。悪いが私は多忙でな。あまり悠長に構えてもいられないのだ――吉野くん、君はここで保護されている真柴・鈴沙と面会に来たのだろう。この後すぐに会わせてやる。だがその前に、君にひとつ相談がある」
「相談?」
思わず警戒を浮かべた吉野に、そんな顔をするな、とジルヴェスターは苦笑する。
「別に、いきなり七式を引き渡せなどと言うつもりはない。話はもっと穏やかだ。私は穏便な話が大好きでね――ものは相談だ。吉野くん、君は協会に加入する気はないかね」
それは、一度吉野が検討したことのある提案だった。もっともそのときは、秋東に全力で制止(というか罵倒)されたのだが。
吉野は答えず、目を細める。
「……どういうつもりだ」
「ビジネスライクな話だよ。現状、君は七式を保有していることによって世界中の人形遣いから狙われているね。我が協会も例外ではないが、しかし既に承知の通り、協会はこの世界でも最大手の組織だ。君が協会に加入したともなれば、他の人形遣いや組織の連中は軽々しく君に手を伸ばすことはできなくなる。君は安全と平穏を得られるわけだ。そして我々は、協会の名に基づく保全と引き換えに、七式の研究をさせてもらう――研究と言っても、監禁や解剖をしようということは全くない。観察させてもらうだけだ。観測させてもらうだけだ。他に類をみない貴重な、希少なサンプルなのだからね。どうだ、悪い話ではないと思うが?」
フランクな調子に言うジルヴェスターに、しかし吉野はすぐには応じない。真意を探るかのように、じっとジルヴェスターを見据えている。
数秒を空けて、返答する様子のない吉野に、ジルヴェスターは軽く苦笑した。
「まあ、今すぐ返事を求めるのも性急だ。とはいえそれほどの猶予も与えられない。真柴くんとの面会の間にでも考えていてくれ。彼女に相談してもいい。面会の終了後、もう一度問うことにしよう」
ハルカ、とジルヴェスターに呼ばれ、はい、とハルカは短く応じる。己の主に一礼すると、吉野へ向けてハルカは言った。
「真柴女史は階下におられます。御案内します」




