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ワールド・セネカ  作者: FRIDAY
肆 ワールド・セネカ
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40/51

必要な思考

 教師が壇上で、解説混じりに板書を続けていく背中を見るともなしに見ながら、吉野はぼんやりと考える。


 順応というものは恐ろしい。


 セネカと出会って戦いに巻き込まれて、秋東が転校してきて戦いを挑まれて、向日が決闘を申し込んできて受けて立って――これで三度目の平穏だ。

 ずっと続けてきた日常と、唐突に訪れた非日常を往復している。それなのに、吉野は自分の中に、高揚や恐怖というような感情を見いだせない。


 ただ、日々として受け入れてしまっている。


 確かこのような心境を、恒常性バイアスとかいうのだったか……毎日息をつく間もなく戦いの連続、というような状況も嫌だったが、しかしこの、ただ流されていくだけのような状態も何だか馴染まない。


 きっちりしたい。

 どうにもはっきりしない気がするのだ。自分の置かれている状況が。


 ある日突然女の子と出会う。ボーイ・ミーツ・ガールだ。そしてわけもわからないまま戦いに巻き込まれる。それは言わば世界の裏側、魔法が現実として存在する領域。これが吉野の場合は錬金術で、ホムンクルスだった。

 並べて俯瞰(ふかん)した言葉面だけならば、これは十二分にファンタジーだ。小説的と言ってもいい。出来過ぎているのではと勘繰ってしまうほど、吉野のポジションは主人公のそれだ。


 しかし、どうにも中途半端な感が否めない。


 思えば錬金術にしてみても、ざっくり言うところの『設定』に杜撰(ずさん)さが見える気がする。魔術師が用い得(う)る魔術は酷く低級なもので、人形遣いによって使役されるホムンクルスのみが魔法、魔術の目指す超常の力を行使し得るという。


 しかし、なぜだ。


 なぜ自分たちですら扱えない異能に、その被造物である人形のみが届いている。

 さらに言えば、どうして錬金術が世界の裏側に潜ったのかもわからない。人形を創り出すことしかできないといっても、それは十分に超常の力であるはずだ。それがどうして、こそこそしている。


 なぜ一度として歴史の表舞台に現れない。


 人形遣いですら結界を張って戦闘を行い、現実世界に干渉しないようにしている。魔法という力があれば、そんな手間をかけずとも、起こる全てを強引になかったことにすることもできるのではないか。


 それに、協会。

 協会という組織の目的も、よくわからない。


 錬金術の発展、と秋東は説明していた。

 しかし、発展してどうするのだ。

 科学の発展は、一応終着点は設定されている。人類の発展だ。生活を豊かにし、不可能を可能にし、人間の有限性を拡大していく。正確にはそれも終着点というよりは、永遠の通過点のようなものではあるわけだが、錬金術にはそのような漠(ばく)たる目標も垣間見えない。

 ただ闇雲に、発展を目指しているように思われる。

 百歩譲って協会の目的が、ないしは人形師の目的が錬金術の発展としても――人形遣い。


 人形遣いは、何のために人形を遣っている。

 どうしてセネカを求める。


 どうにも吉野には、人形遣いがセネカを求める目的というものが、すべからく何かからズレているような気がしてならない。


 世界をどうにかできる力。


 それを手に入れることで、為そうとする目的。もしかすると、誰もそれを見定めることができないまま、ただ強大な力を得ようとしているだけなのではないか。

 人の手に収めるにはセネカの力はあまりにも大き過ぎる。暴力としても、観念としても。


 想像は創造だ。

 人形遣いの想像を、セネカが創造し現実とする。


 その掴みどころのない曖昧な力も、セネカの有する可能性があまりにも大きすぎるがゆえ、なのかもしれない。


 あるいは、リミッターか。

 人間は、自分で想像できること以上のことは為し得ないという。


 貧困な想像力には相応のことしか為し得ず、無限大に想像できるものに不可能はない。

 だから吉野は、考えなければならないのだろう――想像しなければならないのだろう。


 自分の可能性の限界と、その境界の中で描く世界。


 要するに吉野は、この期に及んでも自分の置かれている状況というもの、その全容と詳細を、いまいち把握しきっていないのだった。

 掌握しきっていない。

 全くもって、主人公らしからぬ理解度。それがわかっているからこそ、吉野は自分を小説的な主人公に照応できない。ふと目が覚めて全て夢だったとわかっても、何だ夢かと軽く済ませてしまえる。

 説明はされている。真柴(ましば)にも、秋東(ときとう)にも。それらはそれらとして理解した、つもりだ。


 しかし、実感できない。

 だから吉野は、どこか他人事のように、妙に冷めた頭でいられているのだろう。

 何だかしっくりこない、と。


 それに、もうひとつ。吉野は疑問に思うことがあった。

 真柴・鈴沙はどうしてセネカを創った。


 どうやって、という疑問は持っていたところでどうしようもないから考えない。もともと人形師は、自分たちに使えない魔法という力を行使し得る人形を創り続けてきたのだ。ならばセネカのような人形を創ることも、原理的には可能なのかもしれない。

 だが、それならばそれとして、そもそもどうしてセネカのような人形を創る。

 錬金術の発展のためか。

 しかし、ほんの短い間とはいえ真柴の人柄に触れた吉野としては、どうにもそんな目的意識は考えられないのだった。

 真柴は、錬金術の発展など興味ないのではないか。少なくとも、そんな殊勝な性格ではないだろう。協会に指名手配されて逃げ回っていたわけだし。


 逃げ回っていた。


 捕まったのだという。


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