真柴を救出するためには
「――真柴・鈴沙が捕まった、ね」
昼休みの屋上、風に煽られる髪を押さえつつ、秋東が渋い顔をする。
「正直、どうでもいいわ」
「え、いや、どうでもいいはないだろう」
秋東の言い草に、吉野は顔を顰める。
「真柴さんは協会に指名手配されて、ずっと追われてたんだよな。それが捕まって……無事で済むのか? セネカも追われてるんだよな。真柴さんとセネカを捕まえて、どうするんだ。セネカを量産する方法を吐かせる、とか?」
「まあ、そうでしょうけどね。あの真柴・鈴沙がそれを軽々しく口にするとも思えないわ。それにあれでも真柴・鈴沙は『至高の三師』。協会としても手荒な真似はしないでしょうね」
そうとも、と秋東に追随して頷くのは向日だ。
「それくらいの予想もつかないのか。それで秋東さんの騎士が務まると? 愚か者め、足を洗って出直して来い」
「それを言うなら顔……」別に悪いことに手を染めてはいない。「いや、そもそも俺はあんたがどうしてここにいるのかもわからないんだけどな」
結局、本当に吉野の部屋のベランダにいついた向日だった。ついでにこの場を見渡せば、三人のホムンクルスであるセネカ、トルクシュタイン、クライトもそれぞれの遣い手の傍にいる。
本来立ち入り禁止である屋上に、人ならざる者と、そもそも学生でない向日までが居座っている――もう何が何だか。
「どうするの?」
「……え?」
問いに顔を上げると、問うた秋東は肩をすくめて見せる。
「ま、どうもこうもないけどね。放っておくのが一番でしょ」
「放っておくって……真柴さんをか。協会に捕まったままにするのか」
「そうしたところで、別に問題はないわ」
「そうなのか? セネカがもう一体生まれたら、秋東も困るんじゃ」
「それも問題はない」
きっぱりと、秋東は断言した。
「七式が世界を手に入れられる。その優位性というのは、あくまでも七式が一体しかいないから。その唯一性が失われれば、世界は誰かがどうにかできるという段階は失われて、より混沌とした事態になる。世界掌握は幻想と化し、その実現のためには全ての七式を手に入れなければならず、そして一度漏洩してしまった技術は遠からず普遍化し、意味をなさなくなる――六式のときと同じよ」
傍らのトルクシュタインを見上げながら、秋東は言う。
「六式の一体目が作られたのは、私が生まれる遥か前だと聞いているけれど……そのときも、およそ同じ流れがあったらしいわ。今から思えば、六式では世界を変えることはできないけれど、当時は六式こそがハイエンドだったからね。けれどすぐに二体目が作られ、三体目、四体目と続いて、六式の優位性はあっという間に失われた。もし真柴・鈴沙が七式の製造方法を吐いたとすれば、七式も同じ末路を辿るでしょう。――吐かなかったら吐かなかったで問題はないわ。唯一性は守られ、セネカちゃんはここにいるだけになる。そうなれば、状況は今までと何ら変わりないままになる」
だから、と秋東は結論する。
問題はない、と。
「真柴・鈴沙を放置したところで、状況は何も悪化しないわ。ならば、わざわざ敵中に餌を持って突っ込むなんてバカのすることでしょ」
「バカ、か……」
秋東の言葉に、吉野は苦笑いを見せる。まさか、と眉根を寄せる秋東に対し、吉野は軽く肩をすくめて返した。
「セネカが量産されることもなければ、真柴さんが悪いように扱われるとも限らない……そういう状況でも、助けには行った方がいいんじゃないかな、とは思うんだな」
「どうして? 合理的に考えれば、助けに行った方がよっぽどリスキーなのに」
「何となく、かな」
「な、何となくって……」
心底呆れた表情になる秋東に、合理的なんかじゃないが、と吉野は言う。
「知り合いが捕まってるって聞いたら、助けなきゃって思う。それって結構、普通のことじゃないか?」
「こっち側にそんな常識を求められてもね。どうやらまだ自覚が全然足りてないみたいだけれど、錬金術師、人形遣いの世界にそんな常識は通用しないわ。ましてやあの真柴・鈴沙に対してなんて」
「どうしてあんたがそんなに真柴さんを嫌っているのかも気になるんだけどさ……そう、世界。世界だよ」
は? と眉根を寄せる秋東に、吉野は続けて言った。
「セネカは世界を手に入れられる。そういう風に、真柴さんはセネカを創ったわけだろう? でも、どうして真柴さんはそんな風にセネカを創ったんだ?」
「それは……だから、錬金術の発展のため、じゃないの」
「俺は違うと思う。少なくとも――違和感がある」
「違和感?」
吉野は頷き、セネカを見る。ぼんやりと座っているセネカ。
「なに、って説明できるようなものじゃなくて、凄く漠然とした感覚なんだけどな。そもそも錬金術はどこを目指しているのかも、わからない。秋東はわかるか?」
見ても、秋東は訝しげな表情になるばかりだ。答えられない、というよりは問いの意図を理解できていない雰囲気だ。
「そんなもの、最高のホムンクルスを創ることに決まっているだろう」
口を噤んだ秋東に代わるようにして言ったのは、それまでずっと黙っていた向日だ。ここまで延々と秋東を熱っぽく見つめていて、吉野も秋東も黙殺していたのだが。
「そのひとつの結論が、お前の七式なんじゃないか」
「そうじゃないんだ……そこが、ズレているんだよ」
は? と眉根を寄せる向日に、吉野はゆっくりと言う。
「最高のホムンクルスを創る――それは、いい。でも、創ってどうするんだ。出来上がったホムンクルスで、何をするんだ? それに、本当にセネカが最高にして最終の七式だって言うのなら……錬金術は、ここで終わりだ」
セネカで終わりだ、と吉野は言った。
「セネカが完成したことで、錬金術は完結したことになる。でも、本当にそうなのか? 錬金術っていうのは、ずっとセネカを創ること、創り上げることだけを目的にしてきたのか? 完成したセネカは、完成したことでもう役目を終えているのか? ――でも、違うよな。セネカが完成してからも、今もこうして物語は続いている」
それどころか、と吉野は内心に思う。
セネカが完成したことで、始まったのだ。
吉野の物語が。
「それは――わからないわ。言い訳じみてしまうけど、錬金術の発展を目的にしているのは人形師であって、人形遣いじゃないもの」
「それじゃあ、人形遣いの目的は? 表の世界から隠れて、ひっそりと争い続けて。その先に何がある。秋東は、向日は何のために戦っているんだ?」
ぐ、と秋東はまた言葉に詰まってしまった。
己の戦う目的。
それは、何だった?
自分の、始まりは。
「……私は、親も人形遣いだった。親にトルクを与えられて、六式は高位だから、奪いに来る奴らと戦って――ずっと、自分を守るために戦ってる。私を私が決められる日常を守るために」
今だって、そうだろう。
セネカを破壊しようとしたのは、自分の安寧を守るためだ。誰かに世界を掌握されることによって平穏が脅かされる危険。それを排除するため。
「僕が戦うのは、当然秋東さんを守るためさ。まあ、ずいぶんと長い間行方がわからず、お守りすることができませんでしたけれども――」ちらと秋東へ視線を送るが、秋東は一顧だにしない。「――他に理由なんていらないさ」
「それぞれの目的、ってわけだ。それぞれの目的のために、セネカを求める――けれど、セネカを手に入れたところで何をするんだ」
何を。そう疑問した吉野に、秋東が眉根を寄せて答える。
「それは勿論、世界をどうにかする――んでしょ。その子にはそれだけの力があるって」
「そうだな。セネカは世界を手に入れられる。真柴さんもそう言っていた――」言って、しかしふと自分の言葉に違和感を覚える。
セネカを手に入れることは世界を手に入れること。真柴はかつてそう言った。
本当に?
何かが少し違う気がする。
「……とにかく。それが本当なら、でも具体的にはどうするんだ? 表舞台に進出か? 錬金術師の王にでもなるのか? ――それって、随分と発想が貧困じゃないか」
それなら自分はどう発想する、というところは未だ不透明なのだけれども。
セネカを手に入れることで得られるもの。
世界。
「なあ、世界って――何だ」
漠然とした問いだ。
しかし、多分これだ、と思った。
吉野がひっかかりを覚えているのは、ここだ。
世界とは何だ。
自分たちは、ディテールのわからないものを追いかけているのではないか。
「……ごちゃごちゃと理屈をこねくり回しているが、つまりお前は何が言いたい。何がしたいんだ? まずはそこをはっきりしろ」
発した疑問に自分で考え込み始めた吉野に業を煮やしたらしい向日が、腕を組みながらそう言った。
何がしたいのか。
「真柴さんを助け出しに行く」
願望ではなく意志として、そう言った。
これには、こちらも黙って考え込んでいた秋東も顔を上げる。
「……それは、やっぱり頷けないわ。何だかんだ言っても協会は錬金術の最大組織。私たちなんかよりもよっぽど強力な人形遣いだって多いのよ。そんなところにわざわざ自分からセネカちゃんを差し出すような真似、認められない」
「大丈夫だよ。何とかなるさ」
「何とかなるって……何を根拠に」
「俺はセネカを信じてるから」
なあ、と吉野はセネカを見る。純白の少女は、無垢の目でまっすぐに見返していた。
「セネカは、どう思う? 真柴さんを助けに行くこと」
「テッペーのしたいようにすればいいと思う」
「できると思うか?」
「――テッペーができると思うなら」
はっきりと、セネカは言った。
「テッペーが想像できるなら、私はそれを創造する」
「だ、そうだ」
吉野とセネカのやり取りを見ていた秋東は、苦い顔のままではあったが、やがて深々と吐息して首を振った。
「もういいわ。好きにしなさい。どのみち私のすることは変わらないんだから……セネカちゃんがあんた以外の手に渡ったら迷いなく破壊するし、あんたが変な気を起こしたとしてもやっぱり破壊する。それだけなんだから」
「ああ、わかってる。――心配かけて、悪いな」
吉野の物言いに、「誰が心配なんか」と秋東は拗ねたように顔を逸らす。強い視線を感じてふと見ると向日が凄い形相でこちらを睨んできているが、それは無視するとして向日にも訊きたいことがある。
「向日は、協会に所属してるんだよな。真柴さんが捕まった後にどこでどうなってるのか、わからないか?」
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃない。僕も、秋東さんのことも、だ。お前は気安過ぎるんだ。一度勝ったくらいで図に乗るなよ」
何だか言いがかりのような気もするのだが。それに、と向日は続ける。
「前にも言ったが、僕はもう協会の所属でもないしな」
「え、そうだったか?」
「そうとも。僕が協会に所属していたのは、秋東さんを探すためだったんだから。秋東さんを見つけ出した今となっては、所属し続ける意味はない――まあ、楔は持ち出したままだけどな」
楔。それは確か、先の戦いで吉野の身を貫いた武装型のホムンクルスだったか。あのときの痛みを思い出して、思わず吉野は自分の腹をさする。もう傷口すら残ってはいないのだけれど。痛みの記憶はまだ生々しい。
「それじゃあ、何もわからないのか」
「いや、そんなこともないけどな。ある程度の予想はできる」
あくまでも予想だが、と前置きしたうえで、向日は続けた。
「真柴・鈴沙はこの日本国内で捕縛された。これは確かだと見ていいだろう。そうすると、まずは真柴・鈴沙は協会の日本支部に拘束される。今もまだそこにいるはずだ。そして、どの程度かはわからないが時期をもって、スイスにある本部に移されるだろう」
「スイス? そこに本部があるのか」
「具体的な所在地はわからないがな。協会の中でも上部の人間しか知らない。場所がスイスなのは、ホムンクルス一式を創り出した錬金術師であるパラケルススの生まれた国がスイスだからだ。そしてその本部には協会の長、ジルヴェスター・ラルフォンスがいる」
その名は、既に秋東から聞いている。
『至高の三師』のひとり。
「真柴さんが今は日本支部にいるっていうのは、確かなんだよな。場所は?」
「それも不明だ。末端の人形遣いには教えないさ。僕は指令は協会の仲介人を通して受けていたが、奴だってそこまで把握しているかどうかは怪しい。だから、こっちから殴り込みというのは、まず無理だと思え」
「殴り込みは無理か……」
いや、そもそも別に、殴り込みを仕掛けようと考えていたわけではないが、しかし場所がわからないのでは真柴救出の意志があったところで方策がない。
「……協会は真柴・鈴沙を手に入れたけれど、それでもセネカちゃんを諦めることはないでしょう。遠からず、また接触を図ってくるはずよ」
苦々しさを隠さない表情で秋東が言う。
「事態が動くとしたら、そのときでしょうね。だからあんたの監視をもっと強化しなきゃいけないわ。――もっとも、助けるとしてもそのときにまだ真柴・鈴沙が日本にいれば、だけれど」
「やっぱり、さすがにスイスにあるとかいう本部に移動されてからは無理、か?」
「不可能よ。要塞に輪ゴム鉄砲で突っ込むみたいなものね」
「それは……嫌だな」
想像するのも嫌になる図だ。言うに事欠いて輪ゴム鉄砲とは。しかし、そうならないためには、
「協会の出方待ち、か。もどかしいな」
「初めから助けようだなんて思わなければいいのよ。あんな女」
本当に、秋東はどうしてそこまで真柴のことを嫌っているのだろう。いずれ一度聞いておきたいと思うのだが、今はひたすら機嫌を損ねる一方になりそうなので控えておく。
とにかく。
「今は、待ってることしかできないな。願わくは、協会が真柴さんを移送する前に、接触してくれることを」




