To be continued…
「全くあんたは無茶が過ぎるっていうのよ。見てるこっちの心臓に悪いったらありゃしない。あんた自身が命を懸けてどうするの? バカなの? 一度死んだ方がいいんじゃない? あのとき死んでおけばよかったんじゃない?」
向日との決闘から数日後。
吉野は自室で、秋東からマシンガンのような説教を受けていた。
「そもそも私と戦ったときだって、あんたは自分が前線に出てくるし。セネカちゃんの魔法があるって言ったって、ほぼ丸腰だっていうのに。今回だってあんたは……」
「わかった、悪かったよ。今度から気を付けるから」
降参するように両手を上げて弱音を吐くが、秋東は全く許してくれない。それどころか、むしろ勢いをつけて説教が苛烈する。うわあ、と半泣きでセネカを見るが、純白の少女は壁際に座って本を読んでおり、こちらなど見ていない。
その左腕は、既に完治している。
吉野の腹に開いた刀傷も、実のところ既に治っている――というか、戦闘終了直後にセネカとトルクシュタインによって治療されている。
ただ、激痛のストレスに耐えかねた吉野が、そのままぶっ倒れて数日気を失ってしまっていただけの話だ。
次に目を覚ましたときには自分の部屋にいて、ベッド横に座っていた秋東に開口一番から説教されていた。数日眠っていたというのも、秋東の説教から断片的に把握した状況だ。
「あー……そういえば、あいつはあの後どうなったんだ? えっと、向日だっけ」
秋東の説教の合間を縫うようにして問うと、秋東は顔をしかめて一度口を閉じた。何か悪いことでもあったのかと思わず身構えた吉野だったが、
「あのストーカーね……あの後、自分のホムンクルスを連れてどこか行ったわ。あれだけ派手に負けながら捨て台詞を残さなかっただけまだマシだったけれど。どうせ協会に報告しにでも行ったんじゃないの?」
内容は思っていたより普通だった。どうやら秋東が表情を曇らせたのは、単に向日への嫌悪感から来るものだったらしい。
「勝った……んだな」
傷のあった腹を撫でながら、噛み締めるように吉野は言う。また説教を再開しようと口を開いた秋東だったが、その様子を見てぐっと堪えた。
「……ええ、あなたが勝ったのよ。驚くべきことに」
驚き、というよりは不服そうな、苦虫を噛み潰したような顔で秋東は頷く。
「あの、そんな顔で肯定されると喜びが減っていくんだけど……」
「喜んでいていいわけがないでしょ。勝ちは勝ちだけど、辛勝もいいところよ。今回で終わりじゃないのよ。向日は確かに手練れだけれど、あれくらいの人形遣いは世界には大勢いる。いつもこんな勝ち方をしていては、あんたは確実に途中で死ぬわ」
「ああ、うん……それは、おいおい改善していくよ」
酷く危うい勝ちだったことは、自分でもわかっている。
だからこそ、変わっていかなければならないことは。
セネカに頼りきりになることなく、己の身を削るわけでもなく――自分を危険にさらしてはいけない。こんなことを続ければ、セネカにも心配をかけ続けることになってしまう。今回だってそうだった。もう、こんな戦い方はしてはいけない。
いつの間にか秋東の横に移動していたセネカがそっと吉野の手を握る。その手を握り返し、決意を新たにしたところで――ふと、吉野は秋東の後方に、見たことのない大きなスーツケースを見つけた。
「……あの、秋東さん」
「何よ、妙に改まって」
「あちらにあるあの鞄は、一体何でしょうか」
は? と振り返って吉野の示すものを確認した秋東は、ああ、と頷く。
「私の鞄。服とか、身の回りのものが入ってる」
「……え、何で?」
「何でって、私、今日からここに住むから。というか、あんたが寝てる間からもう住んでるし」
「え……え、何で?」
思わず同じ問い方を繰り返してしまったが、無理もない。
意味が解らない。
しかし秋東の中では既に完全な整理がついているらしく、動揺している吉野に済ました顔で言う。
「あんたが倒されれば、セネカちゃんは契約を失ってただの人形となり、私も破壊することが容易になる――と、私も思っていたけれど、ことはそう単純じゃなかったのよ。覚えてるでしょ? セネカちゃんが暴走しかけたのこと」
「……ああ」
覚えている。というか、忘れようがなかった。
ほとんど意識を失っていた吉野が辛うじて踏みとどまることができたのは、そのセネカの暴走に圧された面もあるくらいだ。
「もしもあんたが私の知らないところで野垂れ死にでもしたら、セネカちゃんは私の手の届かないところで暴走するわけでしょ。あのときの魔力を考えると、あんたが死んだその瞬間に手を打たないと、暴走が始まってからではトルクでも間に合わない。それなら、私が四六時中あんたを見張っていた方が、あんたが死んだときに迅速に対処できるでしょ?」
「俺はそんなにあっさり死にそうなのか……」
あんたが死んだら、を連呼されて微妙に傷ついた表情になる吉野である。
信用がない。
まあ、あるはずもないだろうが。
「いや、でも、ほら、年頃の男の子のひとり暮らしの部屋にだ、年頃の女の子が住み着くなんて、何と言うか、こう、マズいんじゃないか? 倫理的に……」
健全というかチキンというか、そんなことを言う吉野を、しかし秋東は鼻で笑って一蹴する。
「別に。私にはトルクがいるもの。万が一あんたが私に変な気を起こしたとしても、そのときにはトルクがあんたを消し炭にしてやるんだから。覚悟しておくことね」
「いや、秋東が俺を消し炭にしたら、それって本末転倒って奴なんじゃ……」
「うるさいわね。あんたに選択権なんてないのよ。――ほら、わかったらさっさとそのベッドからどきなさい。掃除するから」
「え、何で? 掃除? また?」
「部屋の掃除じゃないわ。今晩から私がこのベッドでセネカちゃんと一緒に寝るから。あんたの使用していた痕跡を完全に抹消するのよ。においから指紋から何から全て」
「徹底的だ……」
酷い、と思う間もなく、吉野は秋東の手によって強制的に引きずり降ろされた。痛い痛い、と掴まれている手をタップすると、もう怪我は治ってるでしょ、とにべもないが、いや絞まってる絞まってるから。
「まあ、既にベッドはセネカが使ってたし……俺はこれまで通り床で寝るから、いいさ」
慰めるようにつぶやいていると、聞きつけたらしい秋東が、は? とこちらを向いて、
「あんた、まさかこの部屋で寝るつもり?」
「え……そうだけど」
まさか、と見ると、何を当然のことを、とばかりに呆れた顔の秋東が、
「同じ部屋で寝ていいわけがないでしょ。夜はこの部屋には立ち入り禁止よ」
「俺の部屋なのに……え、それじゃあ俺はどこに行けば?」
決して広い部屋ではないのだ。ここから出ていけと言われても、あとはトイレか、風呂か、ベランダしかないのだが。
一望した秋東は、ふん、と頷いた。
「じゃあ、あんたは風呂で寝なさい」
「横暴だ!」
「何よ、ベランダの方がいいの?」
これに関しては選択権はあるようだが、どの選択肢もあまり差はなかった。
「日に日に俺の部屋から俺の居場所がなくなっていく……」
「仕方のないことだろう、吉野くん。騎士たるもの、姫を差し置いてのうのうと寝起きできるはずがない」
「いや、俺は騎士じゃないし……うん?」
思わず返答してから、ふと考える。今、ここで聞こえるはずのない声がしたような気が。
空耳かとも思ったが、秋東を見るとこちらも怪訝そうな顔をしている。どうやら秋東にも聞こえたらしい。
振り返ってみた。
向日が立っていた。
「「うわああぁぁああ!?」」
「おやおや、何をそんなに驚いている? 秋東さんの騎士たるこの僕が、ここにいることがおかしいとでも言わんばかりに」
「言いたいんだよ! どうしてここにいる!?」
向日は協会なり何なりのところへ出向いているのではなかったか。そのまま永久に左遷されてくれればいいのにくらいの思いでいたが、まさか目の前に現れるとは思わなかった。吉野、秋東、トルクシュタインが咄嗟に臨戦態勢を取り、セネカだけはぼんやりしている。
そんな一同を見て、やれやれとばかりに向日は肩をすくめた。
「勘違いしないでほしいね。僕はもう協会の人間じゃない。さっき抜けてきたんだよ」
「……信用できるか。そんなに簡単に出入りできるところじゃないだろう」
警戒を解かずに言い返すも、向日の態度は変わらない。
「どんなところだろうと関係ないさ。秋東さんがいないならね――ああ、我が愛しの姫君! あなたの騎士が馳せ参じましたよ!」
くるっと身を回すなり向日は秋東へ向けてダイブを敢行した。頭から突っ込んでくる向日に対して秋東は「ぎゃあぁぁああああ!」とマジ絶叫しながら半泣きの直蹴りで迎え撃つ。正面から顔面に蹴りを食らった向日は「おうふっ」と錐もみして吹っ飛びつつも顔は至福である。
「ああっ、姫君のおみ足……!」
「マジでキモイッ! トルク! 全部灰にしなさいっ!」
「待ってここ俺の部屋だから!」
全て灰にされてはたまらない。魔法で部屋ごと向日を爆撃しようとする秋東を必死で止めて、再度吉野は向日を睨んだ。
「協会を抜けてきたっていうのが百歩譲って事実としても、それでどうしてうちに来るんだ。再戦……って感じじゃなさそうだが」
向日自身の気の抜け具合もそうだが、危機に対して常に最も鋭敏であったセネカのリアクションがいまいち薄いことも気にかかる。問いに対し、向日はふんと鼻を鳴らした。
「無論だね。いずれ必ず再戦はするが、今ではない。今はまだ牙を研いでいる時間だとも……そして秋東さんのいるところが僕のいるところ。秋東さんがここに住むと聞いたから、当然僕もここに住む。だから僕もここにいるのさ」
一瞬、吉野も秋東も何を言われたのか理解できなかった。数秒の沈黙のなかでゆっくりと顔を見合わせ、ようやく言葉が浸透するなり息を合わせたように向日へ向かって、
「「冗談じゃないっ!」」
「そうは言われても。これは仕方のないことなんですよ秋東さん」
何がどう仕方ないのか、吉野にはさっぱりわからない。どうしてこうも短期間に、主の許可なく住人が増えていくのだ。全くだ、と秋東も大いに頷き、
「私の部屋にあんたみたいなド変態を入れておくわけないでしょ。今すぐ出て行きなさい」
「いや、だからここは俺の部屋……」
「ふっ、素直じゃないね秋東さん。僕をただのストーカーと勘違いしていないかい? 例えここで力ずくで追い出されようとも、僕は何度でもこの部屋に現れるよ」
「……今、さらっと自分がストーカーであることを認めたな?」
全く出ていく気配のない向日に、く、と秋東は歯噛みしている。このままふたりとも出て行ってくれないかなと切に願う吉野だったが、意に反して秋東は渋々頷いた。
「わかったわ……仕方ないわね。それじゃああんたはベランダよ。そこでいざというときの壁になることを許可するから、部屋には絶対に入って来ないで」
「「待って!」」
期せずして吉野と向日が唱和した。そのことに一瞬嫌気がさした吉野だったが、ここははっきりと主張しなければならないと思い、
「どうしてこいつを許すんだ。重度のストーカーだぞ! というか俺は秋東がここに住むことも認めたわけじゃ」
「おかしいじゃないか秋東さん! 聞けばこいつは風呂だそうじゃないか! どうしてこいつは屋内で、僕は屋外なんだい!?」
言いたいことは全く違っていた。
いや、場所の問題ではない。むしろ雨風に濡れろ。晒されろ。
「僕は秋東さんの騎士なんだ、だからもう昼となく夜となく秋東さんの傍に付き従い、ありとあらゆる命令に従い、主である秋東さんを満たすのが僕の役目! それが、ガラス戸のたった一枚とはいえ隔てられてしまうなんてあってはならないことじゃないか!」
「い・い・か・ら、さっさと出て行けェ!」
もはや秋東はトルクシュタインに命じる暇すら惜しみ、自ら向日を蹴り出しにかかった。秋東の勢いに、あっと言う間に半身までベランダに押し出された向日は、ぐいぐいと頬を踏まれながらも、あながちまんざらでもなさそうな顔で吉野を見る。
「くっ……これが秋東さんの足裏っ」
「死ね、死ねこのド変態!」
「こっち見ながら興奮するのやめてもらえるか……」
「ええい、こうなっては仕方がない、姫君の命だからな、従う他ないが……おい、そこの吉野くん!」
命令なら初めから聞けよと半眼で見る吉野に、向日は秋東の足裏から叫ぶ。
「先日は確かに僕は君たちに敗れた。だがこれで終わりというわけではない! 今でこそ君の後塵を拝する立場に甘んじていてやるが、油断しないことだな。遠からず、必ずや君をぶち倒す! 秋東さんの騎士はこの僕だっ」
「いや、秋東の騎士はずっとお前だけだよ……」
吉野は頼まれたって、秋東の騎士になんてなりたくないところだ。見ている間にも向日はぐいぐいと押し出されていき、とうとう頭だけが粘っているが、しびれを切らした秋東は唸り声を上げながらガシガシと向日の顔面を踏みしだき始めた。
「あ、おーい……秋東さーん、あんまり乱暴にするとちょっと絵面的に問題が……」
「消えろっ、爆ぜ死ねストーカー!」
「ぐ、ぬふっ、こ、これはこれで悪くない……じゃなかった、おい吉野くん! 追い出される前に、ひとつ教えておいてやろう! 敵に塩を送るくらいの寛大な心意気でなっ」
塩が必要なのは向日の方ではなかろうか。呆れて見る吉野に構わず向日は言った。
「協会を出てくる前に小耳に挟んだ情報だ。どうやらあの『至高の三師』、真柴・鈴沙が協会に捕縛されたらしい!」
「――何だって!?」
真柴が、捕まった?
呑み込むのに一瞬を要し、ようやく理解して訊き返そうとしたときにはもう遅かった。
しぶとく窓際で粘る向日に業を煮やした秋東の、勢いよく引き絞られた脚が、全力の弧を描いて向日の顎にクリーンヒットする。
「おふ」
と気の抜けるような音とともに、向日の身体は綺麗な放物線を描き、ベランダに出るどころか勢いよく手すりすら飛び越え、下方へ吸い込まれるようにして消えた。
「…………」
蹴り飛ばした秋東ともども、あ、と見送った吉野だったが、安穏と見送っていい状況ではなく。
「――ここ、六階なんだけど!?」




