人形遣いの禁じ手
戦闘開始と同時。吉野はセネカとともに一歩目を踏み出す。
そこは既に宙。床は崩落しており、そのままではただ落下するだけだが、
「――『ルーフェウスの空中回廊』」
宙を踏む。
一歩、もう一歩と中空を強く踏み込み、走り出す。
速度を上げ、一直線に向かうそれは疾走だ。
腕を振り、膝を上げ、前傾姿勢で宙を走る。
吉野と同時にセネカも走り出しており、ふたりは二条の直線となり秋東と天使へ突っ走る。
戸惑ったのは秋東だ。
人形遣いは決して前線では戦わない。四式武装型を遣うならばともかく、魔法を使えない人間がホムンクルスと対峙しようなど、気が狂ったとしか考えられない蛮行だ。それが、
……人形と一緒に飛び込んでくるなんて!
「やっぱり自棄になったってわけ!? ――トルク!」
『Accept-/-Assault-/-Diffuse Reflection』
応じた天使は、すぐさま光を拡散する。照射するのは、ずっと空間に展開していた水晶体だ。それらに光が届けば、数条は数百条へと乱反射し、再び縦横無尽に吉野とセネカを襲うだろう。
だが、吉野とセネカは止まらない。むしろ速度を上げながら、
「セネカ!」
「――『ヘクトールの響震』」
キン、という高い音が、一度だけ響いた。直後。
全域に浮遊していた水晶体が、尽く破砕した。
「な――!?」
秋東は思わず瞠目する。何が起こったのかわからない――だが天使が放った光は反射核を見失い、ただ無為に拡散して消えた。
そして吉野とセネカは迫って来る。
――こいつ、さっきまでと違う!
「く……トルク!」
『Accept-/-Master-/-Fly』
『Assault-/-Ray-/-Cannon』
天使は大きく翼を広げ、秋東は背後に退避する。主人を背に匿った天使は光を身に纏い、迫り来るふたりへ光砲を連射する。だが、
「――『セスティアの障壁』」
吉野とセネカ、それぞれを包むように展開した半透明の壁が、全ての光条をあらぬ方向へ弾き返していく。
そしてその間にも、吉野とセネカは全速力で走り続ける。
と、突然ふたりは二手に分かれた。
セネカはまっすぐに天使へ向かって、吉野は進路をわずかに変えて、天使の背後に浮かぶ秋東を目指して。
――ホムンクルスはホムンクルスで、人形遣いは人形遣いで戦おうって言うの!?
だが、それならそれで好都合だ。
「トルク! こっちはいいから、あなたは七式を止めておきなさい!」
人形遣いは魔法を使えない。だが魔術は使えるのだ。それは長く人形遣いとして戦っている秋東だって変わりない。まして、昨日今日人形遣いとして戦い始めたばかりの吉野に後れを取るわけがない。
吉野がどんな戦略を用意してきたのだとしても、吉野が単身で秋東のもとへ飛び込んできたのは間違いだ。人形遣いは前線で戦わない。その意表をついて自ら秋東を取り押さえに来たのかもしれないが、考えが甘い。
「バカはバカってわけね。これで終わりよ!」
腰裏から引き抜いたのは、一振りの短剣。だがそれはただの短剣ではない。
刀身に魔術の埋め込まれた、完全なる魔装である。
その切っ先を、秋東は今や数メートル先にまで迫り来る吉野の鼻先へ向ける。
「――穿ちなさい!」
発動は一瞬。
短剣から迸った雷撃が、正面から障害なく吉野に直撃した。
爆熱に煽られるも、先んじて天使の魔法で張られていたシールドがそれを防ぐ。
「ふん、やっぱりあっさりしたものだった――」
言いかけた秋東の言葉が、止まる。
雷熱を抜けて、速度を全く落とすことなく迫る人影があった。
吉野だ。
「そんな、直撃だったはず――!」
慌てて後方へ身を飛ばそうとするも、遅い。吉野がその腕の届く範囲にまで迫って――否、違う。吉野ではない。
吉野の姿が揺らぎ、溶けるように消えていく。その幻の中から飛び出してきたのは、
「――七式っ!?」
セネカだった。白のゴスロリファッションの少女が、無表情に、こちらへ向けて握った拳を構えている。
「トルク!!」
己の人形を見る。だが天使の前には、やはり敵の姿があり、しかしそれはセネカではない。
天使の眼前で、セネカと同じように拳を構えているのは、少女の幻影を取り去った吉野だ。
セネカが秋東の前に。
吉野がトルクシュタインの前にいる。
両者とも、拳を限界まで引いている。
そんなバカな、と秋東は完全に我を失った。そんなことがあるはずがない。あっていいはずがない。
ただの人間がホムンクルスの前に生身の姿をさらすなど、自殺行為に他ならないのだ。
どうしてあの男は、そんなことができる。
刹那の中で、秋東と少女との視線が交差する。
セネカの瞳に、感情はない。
その色の薄い唇が、動く。
「――『ガイストスの拳砲』」
セネカの、そして吉野の拳が、魔法による強い輝きを纏う。
「――ひっ」
思わず秋東の喉が鳴った。だが、セネカは止まらない。拳を限界まで引き絞り、
全力で秋東へ向けて打ち放った。




