まずは一歩目を想像しよう
依然として空間転移は封じており、結界の中で身を隠せる場所は、既に半壊している校舎だけだ。だから強いてローラーをかける必要はない。時間が経過するほど焦燥にかられるのは、戦闘経験の浅い敵だけだ――そう判断して、秋東は空中に留まり、吉野とホムンクルスが焦れて飛び出してくるのを待っていた。
ただ待っているのも暇なので、トルクシュタインに命じて校舎を適当に攻撃させたりした。どこに潜んでいるかはわからないが、雑に射撃してさらに敵を焦らせようという腹だ。校舎の骨を破壊して崩させては本末転倒なので、光量は絞り、しかし間断なく打ち込む。
そうしているうちに、自棄になって特攻でもかけてきてくれれば都合がよかったのだが。
「――ふん。やっぱり、結構冷静なんだ」
校舎が崩れ落ちたことによって日のもとに晒されている教室、そのひとつに、吉野とホムンクルスが姿を見せた。自棄になった様子もなく、こちらを見上げている。
一見したところただ手を繋いで立っているだけだが、何か仕掛けている可能性もある。この距離で予備動作なしに何かができるとも思えないが、それでも秋東は警戒を怠らない。
見下ろす。
「吉野くん、もういい加減、諦めたら?」
トルクシュタインに命じて吉野にも声が届くようにさせてから、余裕たっぷりに言う。
「それとも、こうしましょうか。――吉野くん。そのホムンクルスをこちらへ引き渡してくれたら、あなたは見逃してあげる。あなたは助かるわ。このまま抵抗を続けるなら、あなたごと倒すけど……どう?」
秋東としては、別にそれでも構わなかった。戦略として先に契約者を狙っただけであって、あくまでも第一目標は七式の破壊だ。吉野をひとり逃がしたところで、ホムンクルスのいない契約者はただの人間だ。
一応は答えを聞くために、通話の魔法を双方向にする。
沈黙は、数秒だった。
「――断る」
はっきりと、こちらを見上げて吉野はそう答えた。
「セネカは渡さない。破壊もさせない」
「……そう」
交渉は決裂だ。もとより秋東だって話半分の申し出だったが、それならばもう一切の容赦はいらない。
「それなら、」
「なあ、ひとつ訊いてもいいか」
戦闘の再開を告げようとする秋東を遮って、吉野が言った。出鼻を挫かれた秋東はわずかに顔をしかめるが、大したことではないと判断する。
「別にいいけど。手短にね」
「お前、世界なんていらないって言ってたよな。今の世界に満足しているって」
それは、確認だ。戦闘を開始する前に交わした会話。秋東にとっては大して意味のあるやり取りではなかったが、事実ではある。
頷く。
「ええ、言ったわ。それが?」
「――お前にとっての世界って、何だ」
ふん、と秋東は冷笑した。それこそ全く意味のない問いだ。だが、答えないというのも格好がつかないだろう。
「そうね……私のあらゆる全てを、誰にも支配されず、どんな力によっても強制されない。それが、私の充足した世界よ」
成程、と秋東の返答を聞いた吉野は頷いた。それからつと傍らに立つ少女を見る。
「――だ、そうだがセネカ。どう思う」
「どうでもいいと思う」
「だよなあ。成程、想像力か……」
ふんふんと吉野は頷いているが、秋東には何のことだかわからない。とにかく軽んじられたような雰囲気だけは伝わって、今度こそ秋東は顔をしかめた。
「御託はそれで終わり? それなら始めましょう。終わらせましょう。こんな不毛な戦いを」
「ああ、そうだな」
秋東を、少女とともに見上げながら、吉野は笑った。
好戦的に、嗤った。
「――まずは一歩目を想像しようか」




