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アイソフェミア ―第4次産業革命が魔法と呼ばれた世界―  作者: ArgasNorn


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討論番組

一九九二年三月四日、水曜日、午後十時。ヴァルト中央放送、討論番組『ナイトライン』。


スタジオの照明が、半円形のテーブルを白く照らしていた。中央に司会のアナウンサー、トーマス・ヴェルナー。その右に、国際共同研究チームの一員である生化学者、エーリカ・ホルスト博士。左には、人気コメンテーターで元プロサッカー選手のディルク・ファーバー。そしていちばん端に、人権派の弁護士、ペーター・ノイマンが座っている。


副調整室のガラス越しに、新人のリサ・ベルクはスタジオを見下ろしていた。隣では副部長のマルクス・ゼーマンが、進行表に赤い線を引いている。


「本番、五秒前」


「こんばんは、『ナイトライン』です」ヴェルナーが穏やかに口を開いた。「先週金曜日、予防保護法による初の拘束が行われました。対象は前科のない小学校教師。今夜は、この法律の根拠となった善人物質と悪人物質について、専門家の方にじっくり伺います。ホルスト博士、そもそもこの物質は何なのでしょうか」


ホルスト博士は、手元のフリップを立てた。人の頭部の断面図に、二色の矢印が描かれている。


「ベネボリンとマレボリンは、どちらも脳の深い部分で作られ、血液に溶け出すたんぱく質の一種です。ベネボリンは、他者への共感や自制心が働くときに多く分泌されます。マレボリンは逆に、攻撃性や衝動が高まっているときに増える。つまり血液を調べれば、その人の心の傾き具合が、数字で見えるわけです」


「心が数字で見える」ファーバーが大げさに目を丸くした。「いやあ、すごい時代になりましたね。サッカーの審判にもぜひ使ってほしいですよ。誰がわざと足を出したか、一発で分かる」


スタジオに小さな笑いが起きた。


「ただ、博士」ヴェルナーが続ける。「今回拘束された教師の方は、同僚や保護者から『温厚な人』と言われていました。数値と人柄が食い違うことはあるのでしょうか」


「むしろ、それこそがこの発見の重要な点なんです」博士は落ち着いて答えた。「私たちの調査では、暴力事件で有罪になった受刑者のほぼ全員から、高いマレボリン値が検出されています。つまり数値は、実際の悪事と確かに一致している。その上で、まだ表に出ていない傾向まで捉えられる。外見では分からない危険を、科学が先に見つけられるということです」


「なるほどねえ」ファーバーが深くうなずいた。「怖い話ですけど、逆に言えば安心ですよね。うちの子の学校の先生がどうなのか、親としてはやっぱり知りたいですもん」


「よろしいでしょうか」


端の席で、ノイマン弁護士が静かに手を挙げた。


「法律家として申し上げます。この国の法は、人が何をしたかで裁くのが原則です。何もしていない人間を、体の中の数値だけで拘束する。これは法の根本を覆すものです」


「ですが、先生」ファーバーが割り込んだ。「何かしてからじゃ遅いでしょう。子どもが被害に遭ってから『法の原則が』なんて言われても、親は納得できませんよ」


「それに、数値は正確です」ホルスト博士が言葉を添えた。「世界十二の研究機関で、まったく同じ結果が出ています。これほど再現性の高い知見は、生物学の歴史でもまれです」


ノイマンは首を振った。


「そこが私の疑問なんです。十二の機関すべてが、同じ一社の装置を使っている。教師の弁護団が別の機関で再検査を求めても、国内で認可された装置は、すべてアーガスノルン社製です。同じ会社の装置で何度測っても、それは本当に独立した検証と言えるのでしょうか」


一瞬、スタジオが静まった。


副調整室で、ゼーマンがマイクのスイッチを押した。


「ヴェルナー、そこは流せ。次はアンケートの話題へ」


スタジオのヴェルナーが、ほんのわずかに耳元のイヤホンに手をやった。


「ノイマン先生、ご指摘ありがとうございます」何事もなかったように、彼は微笑んだ。「ホルスト博士、装置の精度については、いかがですか」


「アーガスノルン社の装置が選ばれたのは、単純に、他社の装置では精度が足りないからです」博士は迷いなく答えた。「精度の低い装置で測れば、ばらつきが出るのは当然です。ばらつきが出たからといって、それは法則が間違っている証拠にはなりません。装置が劣っている証拠です」


ノイマンが何か言おうと口を開いたが、ヴェルナーがそれより早くフリップを掲げた。


「さて、ここで視聴者の皆さんからのアンケート結果です。予防保護法による検査を、教職員以外の職業にも広げるべきか。『広げるべき』と答えた方は、七十四パーセントにのぼりました」


「ほらね」ファーバーが手を叩いた。「皆さん、ちゃんと分かってるんですよ」


番組の終わり際、ヴェルナーは締めくくりの言葉を述べた。


「科学は、私たちに新しい安心をもたらしました。同時に、その使い方を考える責任も。本日はありがとうございました」


エンディングの音楽が流れ、照明が落ちた。


副調整室で、ゼーマンは進行表を丸めてゴミ箱に放り込んだ。


「上出来だ。弁護士の発言はダイジェストから外しておけ」

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