感知
一月二十七日、ヴァルト中央放送、報道局。
郵便物の仕分けをしていた新人のリサ・ベルクは、ずしりと重い封筒を開けて首をかしげた。フロッピーが三枚と、几帳面な字の手紙。
「副部長、これ、視聴者からの……」
窓際の席で煙草をくわえていた報道局副部長のマルクス・ゼーマンが、手を伸ばした。手紙を読み、ディスクのラベルを眺め、彼は小さく笑った。
「算数のテストか。またどこかの陰謀好きだな。俺が見ておく」
リサは何か言いかけたが、副部長はもう封筒を鞄にしまっていた。
その夜、局の誰もいなくなった資料室で、ゼーマンはディスクの中身を自分の端末に表示させた。最後の頁まで読み終えると、煙草を灰皿に押しつけ、内線ではなく、自分の手帳に挟んだ番号へ外線をかけた。
呼び出し音が二回で途切れた。
「ゼーマンです。例の件が、外に出ています」
受話器の向こうの声は、驚きもしなかった。
「出どころは」
「送り主は名前を書いています。ヨハン・クレール、ヴァルト市第三小学校の教師です」
短い沈黙のあと、声は言った。
「ディスクは明日の朝、受け取りに行かせます。番組では扱わないように。その教師については、こちらで手配します。来月の一斉検査の対象者名簿に、彼を加えておいてください」
「承知しました」
電話を切ると、ゼーマンは三枚のフロッピーを封筒に戻し、手紙だけをシュレッダーにかけた。紙の砕ける音が、静かな資料室に長く響いた。
翌朝、リサが「昨日の封筒、どうなりました?」と尋ねると、副部長は新聞から顔も上げずに答えた。
「ただの悪戯だったよ。よくあることだ」
その日、ヨハン・クレールは、いつものように教室で子どもたちに分数の割り算を教えていた。
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一九九二年二月二十四日、月曜日。
予防保護法の施行から三日。ヴァルト市第三小学校の体育館には、白い衝立がいくつも並べられていた。「公務員一斉検査会場」と印刷された紙が、バスケットゴールの下に貼られている。
放課後、教職員は名簿順に呼ばれた。ヨハンの番は最後の方だった。
「クレール先生、緊張してます?」
隣に並んだ同僚の女性教師が笑った。
「血を採られるのが苦手でね」と、ヨハンは答えた。嘘ではなかった。けれど本当の理由は別にあった。あの封筒を出してから、もう一か月になる。ヴァルト中央放送のニュースは毎晩見ているが、アーガスノルンの名前が出てくるのは、決まって装置の宣伝のような特集ばかりだった。
衝立の向こうには、白衣の女性と、灰色のスーツの男が座っていた。机の上の分析装置には、銀色の小さな文字で〈ARGUSNORN〉と刻まれている。
「お名前を」
「ヨハン・クレールです」
スーツの男が名簿に目を落とし、ほんの一瞬だけ、ヨハンの顔を見た。値踏みするような目だった。すぐに視線は書類に戻った。
腕に冷たい消毒綿が当たり、針が刺さる。細い管の中を、自分の血が赤黒く上っていくのを、ヨハンはぼんやり眺めていた。
「結果は金曜日に、学校を通じてお知らせします」
白衣の女性が、事務的な声で言った。
体育館を出ると、二月の夕暮れが校庭を薄紫に染めていた。腕の絆創膏を押さえながら、彼は自分に言い聞かせた。大丈夫だ。俺は誰も傷つけていない。数字が嘘をつくはずがない。
そう思った直後に、あの文書の一行が頭に浮かんで、彼は足を止めた。
〈遠隔調整〉




