Hello World
【二〇三七年二月十日 午前六時〇〇分】
白い画面と、繰り返される合成音声。
「政府機能が停止しました。これ以降、民間企業連合の指示に……」
その声が、唐突に途切れた。
一瞬の暗転。
そして、画面いっぱいに、朝の光が溢れた。
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〔映像〕夜明けの草原。柔らかな逆光の中を、白いワンピースの少女が駆けていく。足元の草が、朝露に光っている。
〔音楽〕ピアノの、ゆったりとした旋律。
〔映像〕少女が立ち止まり、両手を広げる。彼女の手のひらの上で、朝露の粒がふわりと浮き上がり、小さな光の輪になって、くるくると回り始める。
少女が笑う。
〔映像〕丘の上に、白く細長い塔が立っている。朝日を受けて、静かに輝いている。
〔ナレーション〕穏やかな女性の声。
「あなたが吸う空気を、あなたが歩く大地を、あなたの明日を」
〔映像〕塔の足元に、家族が集まっている。老夫婦、若い両親、赤ん坊。全員が、塔を見上げて微笑んでいる。
「私たちは、守り続けます」
〔映像〕画面が白く溶け、銀色の文字が浮かぶ。
〈ARGUSNORN〉
〈Breathe with us.〉
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【午前六時〇一分】
画面が切り替わる。
白を基調とした、明るいスタジオ。背景には青空の映像が映し出され、壁際には観葉植物が並んでいる。
画面の左上に、小さなロゴ。
〈NORN VISION〉
テーブルの中央に、紺色のスーツを着た女性が座っていた。四十代ほど。きちんと結い上げた髪、柔らかな笑顔。胸元に、銀色の社章が光っている。
「おはようございます」
その声は、昨夜までテレビから流れていた合成音声とは違って、温かく、人間らしかった。
「アーガスノルン・コーポレーション広報部の、セレスト・アマーリアです。昨夜は、皆さんにとって、とてもつらい夜だったと思います。まず、多くの方々を失った悲しみに、心からお悔やみを申し上げます」
彼女は、ほんの数秒、目を伏せた。
それから顔を上げ、まっすぐにカメラを見た。
「そして、今朝、皆さんにお伝えしなければならないことがあります」
「昨日をもって、世界の各国政府は、その機能を停止しました」
穏やかな声のまま、彼女は続けた。
「長い間、各国政府は懸命に国民の皆さんを守ろうとしてきました。けれども、制御を失ったナノマシンの汚染に、どの政府も対応することができませんでした。それは誰の責任でもありません。ただ、時代が変わったのです」
背後の青空の映像が、ゆっくりと世界地図に変わった。大陸のあちこちに、小さな白い光の点が灯っている。
「本日より、世界の統治は、民間企業連合が担います。私たちアーガスノルン・コーポレーションをはじめ、世界の主要な企業が力を合わせ、皆さんの暮らしと安全を守ってまいります」
地図の上に、企業のロゴが次々と浮かび上がった。エネルギー、医療、通信、物流、建設。誰もが一度は目にしたことのある名前ばかりだった。
「また、皆さんの中には、国連のような国際的な枠組みがなくなることを、不安に思われる方もいらっしゃるでしょう」
セレストは、わずかに首をかしげて微笑んだ。
「ご安心ください。現在、民間企業連合では、国際連合に代わる新しい機関の設立に向けた案を策定中です。企業同士の公正な関係を保ち、統治が正しく行われているかを見守る、中立の機関です。詳細が決まり次第、改めてお知らせいたします」
彼女は、手元の資料にちらりと目を落とした。
「皆さんの声が届く、新しい時代の仕組みを、一緒に作っていきましょう」
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【午前六時〇八分】
〈特集 復興の最前線から〉
画面が、明るいスタジオから屋外の映像に切り替わった。
〔映像〕上空からの空撮。かつての都市が、灰色の瓦礫の海になっている。崩れたビル、ひしゃげた橋、焼け焦げた車の列。
その瓦礫の上を、黄色い重機が、何十台も行き交っている。
〔ナレーション〕明るく力強い男性の声。
「戦闘と汚染によって、世界の多くの都市が傷つきました。しかし今、各地で、民間企業連合の作業員たちが、復興に向けて動き出しています」
〔映像〕ヘルメットをかぶった作業員たちが、力場を使って巨大なコンクリート片を持ち上げ、トラックの荷台へ運んでいく。彼らの作業服の胸には、さまざまな企業のロゴが縫い付けられている。
〔映像〕作業員の一人が、カメラに向かって親指を立てた。
「子どもたちが安心して暮らせる街を、また作りますよ」
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〔映像〕別の現場。
赤と黒の作業服を着た一団が、巨大な鉄骨を組み上げている。背中には〈垓亜重工〉の文字。
重機の操縦席に座った初老の男が、インタビュアーの問いかけに短く答えた。
「……仕事ですから」
それだけ言って、彼は操縦桿に手を戻した。
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〔映像〕再び空撮。今度は、広大な平原。
その中央に、巨大な円形の構造物が建設されつつあった。何層にも重なった鋼鉄の壁。その内側には、規則正しく並んだ白い建物群。中心には、ひときわ高い信号塔が、空を貫くように立っている。
〔ナレーション〕
「そして今、世界の各地で、生存者の皆さんが安心して暮らせる新しい街の建設が進んでいます。汚染から完全に守られた、機械都市。私たちはそれを、『セクター』と呼んでいます」
〔映像〕完成予想図のCG。壁に囲まれた街の中を、人々が笑顔で歩いている。空中を、小さな荷物がふわふわと飛んでいく。公園では子どもたちが、手のひらに光の輪を浮かべて遊んでいる。
「セクターの中では、空気の質も、エネルギーも、医療も、すべてが管理され、最適化されます。もう、汚染に怯える必要はありません。必要なのは、セクターの規則を守ることだけです」
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〔映像〕セクターの建設現場の、正門の前。
長い列ができていた。
毛布にくるまった人々、子どもを抱いた母親、杖をついた老人。全員が、手首に白いバンドを巻いている。列の先頭では、アーガスノルン社の職員が、小さな端末を一人ひとりの腕にかざしている。
〔ナレーション〕
「入居を希望される方には、簡単な検査を受けていただきます。安全のためのものですので、ご協力をお願いします」
〔映像〕端末の画面が、ちらりと映り込んだ。
数字と、緑と赤の表示。
列の中ほどで、一人の男性が、職員に腕を掴まれ、列の外へ連れ出されていく。何かを叫んでいるが、音声は入っていない。
カメラは、すぐに別の方向へ向けられた。
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【午前六時十四分】
スタジオに、セレスト・アマーリアが戻ってきた。
「世界は今、大きな転換点にいます。失ったものは、決して小さくありません。けれど、私たちは前を向くことができます」
彼女は、両手をテーブルの上で軽く組んだ。
「新しい時代を、皆さんと一緒に歩んでいけることを、私たちは心から誇りに思います」
一拍おいて、彼女は微笑んだ。
その目は、澄んでいた。
「それでは、本日の各地のアイソフェミア濃度をお伝えします。セクター1、12%。セクター2、18%。セクター3……」
〔音楽〕明るいジングル。




