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アイソフェミア ―第4次産業革命が魔法と呼ばれた世界―  作者: ArgasNorn


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戦線

ー記録映像 HC-0417ー

〈欧州連合軍 第七機械化歩兵大隊 第二中隊所属 ヨナス・ブラント伍長 ヘルメットカメラ記録〉

〈撮影日:二〇三七年一月二十七日〉

〈撮影地:セクター2境界より東へ約六キロ ヴェスターク町〉

〈本映像は、のちに回収されたカメラ記録を、軍事調査委員会が書き起こしたものである〉


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16:41:07


〔映像〕装甲車の後部ハッチが開く。外は鈍い橙色の夕暮れ。兵士たちが次々と降りていく。カメラは揺れながら、石畳の道へ。


〔音声〕無線のノイズ。誰かの荒い息。


分隊長(ケラー軍曹):「降車。二列縦隊。距離を空けろ。目標の信号塔はこの通りの突き当たり、約八百メートル。工兵班を護衛して、設置、爆破、撤収。二十分で終わらせる」


ブラント(撮影者):「了解」


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16:43:22


〔映像〕住宅街。三階建ての家が両側に並ぶ。窓の多くは開いたまま。二階のベランダに洗濯物が干されている。風はない。シャツが一枚も揺れていない。


〔音声〕兵士たちの足音。それ以外の音が、ない。


ブラント:「……静かすぎませんか」


隣の兵士(ミュラー上等兵):「鳥もいないな」


〔映像〕カメラが上を向く。電線。何も止まっていない。空の端に、黒ずんだ霞のようなものが薄くかかっている。


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16:45:50


〔映像〕道端に、指揮棒ほどの細い端末が転がっている。「ワンド」。その少し先に、もう一本。さらに先に、もう一本。道に沿って、点々と落ちている。


〔映像〕開いたままの家の玄関。中が見える。台所のテーブルに食器が並び、湯気の消えたスープの皿がある。椅子が三つ、後ろに倒れている。


〔音声〕家の奥から、テレビの音。子ども向けの番組。明るい歌声が、誰もいない部屋に流れ続けている。


ミュラー:「消してくか?」


ケラー軍曹:「触るな。進め」


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16:48:13


〔音声〕ブラントの呼吸が乱れる。小さな咳。


ブラント:「……軍曹、頭が少し」


ケラー軍曹:「全員そうだ。マスクを緩めるな。鼻血が出たら報告しろ」


〔映像〕前を歩くミュラーが、手袋の甲で鼻の下を拭う。手袋に、うっすらと赤い線。ミュラーは何も言わずに歩き続ける。


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16:51:36


〔映像〕通りが広場に開ける。


〔映像〕カメラが止まる。


広場の中央に、人が立っている。


数十人。大人も、子どもも、老人もいる。部屋着のまま、裸足のまま、外套を着たまま。男も女も、互いの間隔をあけず、ぎっしりと身を寄せ合うように立っている。


全員が、同じ方向を向いている。


広場の向こう、家並みの上に突き出た、白く細長い塔の方を。


誰も動かない。肩も、腕も、髪の毛一本さえ揺れていない。


〔音声〕無音。


ブラント(ささやき声):「……軍曹」


ケラー軍曹(ささやき声):「止まれ。全員、止まれ」


〔映像〕カメラがゆっくりと住民の背中をなぞる。一番手前に、赤いマフラーを巻いた小さな女の子。その隣に、買い物袋を提げたままの老婆。袋の口から、林檎が一つ、地面に転がり落ちている。誰も拾わない。


ミュラー:「……生きてるのか、あれ」


〔映像〕よく見ると、一人ひとりの肩が、ごくわずかに上下している。息はしている。


ケラー軍曹:「迂回する。住民には近づくな。広場の右側の路地から塔へ回り込む」


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16:58:04


〔映像〕路地を抜け、信号塔の根元。白い塔は近くで見ると思ったより細く、表面に継ぎ目ひとつない。根元から、黒っぽい霞がにじみ出るように漂っている。


〔映像〕工兵班が塔の基部に爆薬を設置していく。手際がいい。


〔音声〕工兵の一人が、何度も鼻をすする音。


工兵班長:「設置完了。全員、遮蔽物の後ろへ。三十秒後に起爆」


〔映像〕ブラントは広場の端の、低い石壁の陰に身を伏せる。カメラは壁の上から、広場と、その向こうの塔を映している。


住民たちは、まだ塔を見上げている。さっきと同じ姿勢のまま。


ブラント:「あの人たち、爆風に巻き込まれませんか」


ケラー軍曹:「……距離はある。命令だ」


工兵班長:「起爆まで十。九。八……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

16:59:41


〔音声〕「……三、二、一」


〔映像〕閃光。


〔音声〕腹に響く轟音。一拍遅れて、石と金属が降ってくる音。


〔映像〕煙の中で、白い塔がゆっくりと傾き、中ほどから折れ、家並みの向こうに崩れ落ちていく。土煙が広場の上まで押し寄せ、オレンジ色の夕陽を濁らせる。


〔音声〕無線から、歓声まじりの声。


無線:「目標破壊を確認。よくやった、第二中隊。撤収しろ」


ミュラー:「……やった。やったぞ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

16:59:52


〔映像〕土煙が少しずつ晴れていく。


〔映像〕広場。


住民たちは、まだ立っている。


崩れた塔のあった方角を、さっきと同じように見上げている。


〔音声〕無音。


ブラント:「……軍曹、住民が」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

16:59:58


〔映像〕


住民たちが、一斉に振り返った。


全員が、同時に。首だけではなく、体ごと。滑らかすぎて、人間の動きに見えない速さで。


数十の顔が、まっすぐに、こちらを向いている。


石壁の陰に伏せた、兵士たちの方を。


〔音声〕無音。


〔映像〕カメラが、手前の顔を捉える。赤いマフラーの女の子。目を大きく見開いている。瞬きをしない。表情がない。ただ、見ている。


その隣の老婆も、その後ろの男も、みんな同じ目をしている。


ミュラー(震える声):「なんで、こっちが分かるんだ……」


ケラー軍曹:「動くな。誰も、動くな」


〔音声〕ブラントの呼吸だけが、異様に大きく聞こえる。


〔映像〕住民たちは動かない。見つめている。三秒。四秒。五秒。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

17:00:06


〔映像〕女の子の口が、ゆっくりと開いた。


開いて、開いて、顎が外れるのではないかと思うほど大きく開いた。


〔音声〕

人の声とは思えない低音。


それが、喉の奥から絞り出される。一つ、二つと重なり、数十の喉から同時に、広場全体を震わせる奇声になる。


〔映像〕住民たちの顔が、歪む。笑っているような、泣いているような、どちらでもない、引きつった表情。目は見開いたまま。口は裂けるように開いたまま。


そして。


走り出した。


全員が、全力で。


前のめりに、腕を振り乱し、つまずいても転んでも、すぐに起き上がってまた走る。老婆も、子どもも、同じ速さで。人が出せるはずのない速さで。


まっすぐに、こちらへ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

17:00:09


〔音声〕


ケラー軍曹:「後退! 後退しろ! 撃つな、まだ撃つな!」


ミュラー:「軍曹、速い、速すぎる!」


〔映像〕カメラが激しく揺れる。石壁から身を起こし、振り返り、走る。路地。足元の石畳。ワンドを踏む。滑る。


〔音声〕背後から迫る奇声。足音。何十もの裸足が石畳を叩く音が、どんどん近くなる。


無線:「第二中隊、状況を報告しろ。第二中隊」


ブラント:「住民が、住民が全員……っ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

17:00:14


〔映像〕カメラが大きく傾く。ブラントが転倒する。地面が迫る。


〔映像〕石畳の上に横倒しになったカメラ。視界の半分は、空。もう半分に、路地の入り口。


そこに、赤いマフラーが見えた。


〔音声〕奇声。足音。誰かの叫び声。


〔映像〕画面が激しく揺れ、暗転。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

17:00:16


〔映像〕黒。


〔音声〕しばらくの間、何かがぶつかり合う音、叫び声が続く。


やがて、それも途切れる。


〔音声〕無音。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

17:03:48


〔映像〕暗転したまま。


〔音声〕遠くで、まだ消えていないテレビの音がする。子ども向けの番組の、明るい歌声。


〔音声〕無線のノイズ。


無線:「第二中隊。第二中隊、応答しろ。……ブラント伍長、聞こえるか」


〔音声〕無音。


〈記録終了〉


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


〈軍事調査委員会 付記〉

〈本記録の回収は、撮影から十一日後、ヴェスターク町がセクター2に編入された後、アーガスノルン社管理部隊の協力により行われた。第二中隊の生存者は確認されていない〉

〈なお、回収時、ヴェスターク町の住民は全員、広場に立ち、同じ方向を向いていた。その方向には、同社がすでに再建した、新しい信号塔が立っていた〉

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