宣戦
【二〇三七年一月二十五日 ヴァルト中央放送 特別報道番組】
画面の右上に、赤い文字が点滅していた。
〈特別報道 信号停止から48時間〉
「こんばんは。番組の予定を変更してお伝えしています」
アナウンサーの声は、いつもより低かった。
「アーガスノルン社が制裁参加国への信号を停止してから、二日が経ちました。各地で汚染の急速な拡大が確認されています。これからお伝えする映像には、心を痛める場面が含まれます。ご注意ください」
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最初の映像は、ドルトム市から西へ四十キロの町、ラーデンだった。セクター2の境界線から、本来なら十分に離れているはずの町。
夜明けの通学路に、ランドセルを背負った子どもたちが立ち止まっていた。誰も歩き出さない。全員が同じ方向、遠くに見える信号塔の白い影の方を見上げている。
母親らしき女性が駆け寄り、子どもの肩を揺さぶる。子どもは振り向かない。
撮影者の震える声だけが聞こえた。
「昨日まで、ここは何ともなかったのに」
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二つ目の映像は、東南アジアの首都の病院だった。
廊下に患者が溢れている。床に座り込み、頭を抱えたまま動かない人々。看護師たちが走り回っているが、その看護師の一人が、突然壁にもたれて鼻を押さえた。指の隙間から、赤いものが一筋流れた。
医師がカメラに向かって叫んでいた。
「力場の手術装置が全部止まったんだ。治療中だった患者を、どこにも移せない」
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三つ目は、上空からの映像だった。
北欧のある港町。夕暮れの街並みが、うっすらと黒ずんだ霧に包まれている。霧は信号塔の根元から、ゆっくりと外へ広がっていた。通りを走る車はなく、ただ、ところどころの交差点で、人々が輪を作るように立ち尽くしている。
「現在、汚染が確認されている都市は、欧州とアジアを中心に百四十を超えています」
アナウンサーが原稿を読み上げた。
「各国政府は、この二日間で少なくとも数十万人が症状を訴えていると発表していますが、正確な数は誰にも分かりません。汚染の程度を測る装置は、信号の停止と同時に、すべて正常に作動しなくなっているためです」
スタジオの電話が鳴り、ディレクターが慌ただしくアナウンサーに紙を渡した。
アナウンサーは、それを読み、一度だけ息を吸った。
「ただいま、国連本部から緊急声明が出されました。中継でお伝えします」
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【同日 午後十一時四十分 国連本部 緊急記者会見】
国連事務総長は、前回の演説のときとは別人のようにやつれていた。ネクタイは緩み、目の下には濃い影がある。その背後には、安保理の常任理事国の代表が並んで立っていた。
「世界の皆さん」
事務総長の声が、マイク越しに少しかすれた。
「この四十八時間、私たちは、皆さんの家族が、隣人が、子どもたちが、目の前で奪われていくのを見てきました。これは自然災害ではありません。事故でもありません」
彼は、手元の紙に目を落とすことなく続けた。
「アーガスノルン・コーポレーションは、国際社会の正当な決定に対し、数十億の人々の命を人質にとって報復しました。汚染を抑える信号を止めることで、汚染が広がることを、彼らは知っていた。知っていて、止めたのです」
会見場のカメラのシャッター音が、一斉に響いた。
「これはアーガスノルン・コーポレーションによる全人類への攻撃です」
事務総長は、一瞬だけ目を閉じた。
「よって国際連合は、加盟国の総意に基づき、アーガスノルン・コーポレーションを、国際の平和と安全を脅かす敵対的実体と認定し、これに対し宣戦を布告します」
会見場の空気が、凍りついた。
「国家ではない、一つの企業に対して、です」
事務総長は続けた。
「加盟国の軍は、本声明をもって、同社の信号塔、施設、および各セクターに対する軍事行動を開始します。目的はただ一つ。アーガスノルン・コーポレーションの支配から人類を開放することです」
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【二〇三七年一月二十六日 国際通信 速報】
国連軍、北米・欧州・アジアで一斉に作戦開始
アーガスノルン社の信号塔・施設を標的
【同日 速報】
欧州連合軍、セクター2の境界を越えて進軍
先頭部隊の兵士に体調不良の報告
【同日 速報】
アジア各国の空軍、アーガスノルン社の物流拠点を空爆
同社「当社は応戦の意思なし」と声明
【同日 速報】
北米で信号塔の破壊を確認
周辺地域の汚染濃度、破壊直後から急上昇の兆候
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【同日深夜 ヴァルト中央放送 特別報道番組】
アナウンサーは、手元に積み上がった速報の紙を、ひとつにまとめた。
「アーガスノルン社は、本日の声明でこう述べています」
スクリーンに、白い背景の文字が浮かんだ。
〈当社は応戦いたしません。
当社の施設を破壊しても、空気中のアイソフェミアが消えることはありません。
信号塔を失った地域では、制御を離れたアイソフェミアが、さらに増えるでしょう。
各国の軍と政府が、皆様をそれらからお守りになれるよう、心よりお祈り申し上げます〉




