第三章
天幕に戻ると、一人の子供が退屈そうに両手で椅子の座面を支え、両足をぶらぶらと揺らしていた。ロディスは胸の内に焦燥を抱えながらも、努めて優しい声を絞り出した。
「ボク、君はどこから来たんだい?」
すると少年は、両手にぐっと力を入れて椅子から飛び降りると、直立不動の姿勢をとって大声を張り上げた。
「報告します、領主様! ヨイツの村から参りました、クリストフ・ロレンツォです!」
(疾風盗賊団によって数年間封鎖されていた、あの村か)とロディスは思い至った。
「今回の戦い、見事な働きだった。何か欲しい褒美はあるかね?」
「報告します、領主様! 私は王都へ行きたいです!」
「おや、王都へ?」
ロディスは目の前の少年をおかしく思った。やはり田舎の子供は誰もが大都市に憧れるものなのだろうか。
しかし、王都か。自分とてしがない田舎貴族にすぎず、一年のうちに王都へ行く機会など片手で数えるほどしかない。ましてや、身寄りのない孤児を連れていくなど……。
「なぜ王都へ行きたいんだい?」
「報告します、領主様! 国王様にお目にかかりたいからです!」
「なぜ国王陛下に会いたいのだ?」
「私は強いからです。国王様のために働きたいのです!」
強い? 床に転がる二百枚の滑らかな断面を持つ『半分の鎧』を思い返せば、この子が規格外に強いのは確かだ。だが、王都はさらなる強者たちが雲集する場所。彼の戦力をもってしても、国王に謁見するなどおそらく不可能だろう。
慎重を期して、ロディスは最後の質問を投げかけた。そしてこの一言こそが、未来の彼にとって最も後悔し、同時に最も誇りとすることになる。
「……では、君はどれほど強いのかね?」
「どれほど、ですか?」
少年は眉をひそめてしばらく考え込んでいたが、やがて不意に両目を閉じ、低い声で呟いた。
「――大体、これくらいです」
刹那、少年の身体から、一本の青白い光の柱が爆発的に立ち昇った。天をも穿ち、大地を貫く光の奔流。
ロディスはこの時ようやく、なぜ自分の戦場本能が狂ったように危険信号を発し続けていたのかを、真に理解した。
(せ、成、成聖の光柱だと……!?)
この子供は、まさか聖者だというのか!
彼が先ほど見せつけた戦闘力を鑑みれば、紛れもなく――『剣聖』だ。
しかし……彼はまだ八歳なのだ。八歳の聖者など、ロディスは自分が狂ったのか、それとも世界が狂ってしまったのか分からなくなった。
そもそも、自分のような男が、一体何の因果で『剣聖』を強制徴募して身代わりに戦わせてしまったというのだ。
「いかがですか? これでも私は、王都へ行く資格はありませんか?」
少年は目を開け、平然とした態度でロディスを見つめた。
すでに圧倒的な聖圧に気圧され、両膝をガタガタと震わせていたロディスに、拒絶の言葉を返す度胸などあるはずもなかった。彼は何度も激しく首を縦に振り、声を裏返らせながら叫んだ。
「い、行けます! 当然、行けますとも! このロディス、ただちにあなた様が王都へ赴き、国王陛下に謁見できるよう、万事を手配いたします!」
「よろしい。ヨイツの村へ使いを出し、私の妹を迎えに行くのを忘れないでください。私は妹を連れて王都へ行きます」
「聖者様の仰せのままに(謹んで御意志に従います)」
ロディスは九十度の最敬礼を捧げると、すぐさま身を翻して天幕を飛び出し、大声で配下たちにあらゆる手配を命じ始めた。
彼がわざわざ説明するまでもなかった。あの天をも穿つ成聖の光柱の威勢は、全大陸のどこからでも目撃できるものだ。彼の部下たちもまた、完全に恐怖で魂が抜けたような表情をしており、頭の中は真っ白。ただ無意識の条件反射だけで動いていた。しかしそのおかげで、皮肉にも準備の効率だけは劇的に跳ね上がった。
ほどなくして、一台の豪華な馬車が天幕の前に用意された。同時に、一人の伝令兵が「新進気鋭の剣聖が国王陛下に謁見するため王都へ向かう」という報せを携え、怒涛の勢いで大営を後にした。
「剣聖様、どうぞお乗りください!」
少年は馬車に足を踏み入れる前に、問いかけた。
「今すぐ出発するのですか?」
「は、はい! 王都への道のりは遥か遠く、まずは不肖ながら我が邸宅にてお身体をお休めください。令妹殿と合流された後、改めて王都へ向けて立たれるのがよろしいかと存じます!」
「分かりました(結構です)」
パカパカと小気味よい蹄の音を響かせて走り去る馬車。それは戦場に残されたすべての者たちの心を奪い去っていった。
ロディスの陣営の者たちは、自分たちが一人の剣聖と共に戦う栄誉に預かれたことを、ただただ天に感謝した。
ベンジャミン子爵の陣営の者たちは、剣聖を相手に戦いながら、よくぞ生きて命を繋ぎ止められたものだと、己の強運に胸をなでおろした。
そして、この事件がもたらす激震は――まだ、始まったばかりにすぎなかった。
少年は退屈そうに手で頬杖をつきながら、馬車の車窓から外の景色を眺めていた。
同じ馬車に、同じ少年。
違っているのは、その身にまとう衣服だった。かつて少年が着ていたのは、ひどくボロボロでサイズも合っていないシャツとズボンだった。
しかし今の彼は、仕立ての完璧な王国軍の礼服(もちろん特注品だ)に身を包んでいる。
八歳の子供に合う制服など、どこの軍隊も常備しているはずがないからな。
少年の隣には、びくびくと小さくなっている幼い少女が座っていた。彼女が着ているのは、『第一王立学園』の女子生徒用の制服だ。
堂々とした態度の少年とは対照的に、少女はずっとパニック状態にあった。
先日は兄が突如として徴兵官に連れ去られて戦場へ向かい、それから数日も経たないうちに、今度は大勢の大人たちが「お兄様の仰せにより」と、住み慣れた村から自分を連れ出したのだ。
そのまま領主の邸宅へと送り込まれ、大勢のメイドの姉さんたちに身体を綺麗に洗われ、清潔で美しい学生服に着替えさせられた。
その後に用意されたのは、夢にまで見たこともないような美味しいごちそう(大餐)の数々。
これらの一連の出来事は、リース・ロレンツォにとって、あまりにも夢幻がすぎていた。
今になっても彼女は「領主様の馬車を汚してしまったらどうしよう」と心配しており、お尻と馬車の座面との接地面積はほんのわずか(点だけ)だった。
「お、お兄ちゃん……私たち、どこへ行くの?」
「王都だよ」
「王都で何をするの? どうして領主様は私たちにこんな高級なお洋服をくれたり、お肉がいっぱいの晩ごはんをくれたりしたの……?」
少年は窓の外から視線を引き戻した。一瞬だけ無表情に少女を見つめた後、愛おしそうな(寵溺の)笑みを浮かべ、今やサラサラと滑らかになった少女の髪を優しく撫でまわした。
「もちろん、お兄ちゃんが戦場で手柄(功勲)を立てたからさ。今から王都へ行って、国王様に褒めてもらうんだよ」
「本当!?」
少女の瞳がパッと輝いた。その目には、兄に対する盲目的なほどの崇拝が満ち溢れていた。
「本当さ! それに、国王様にお願いして村のみんなも豊かに暮らせるようにしてもらうんだ。僕たちも大きな家に住んで、毎日美味しいものをたくさん食べられるようになるよ!」
「……」
もう一台の馬車の中で、前の馬車から聞こえてくる微笑ましい兄妹の会話(童音)を耳にしていたロディス男爵は、その顔に笑みなど微塵も浮かべていなかった。それどころか、ハンカチで額から吹き出る冷や汗をひたすら拭い続けていた。
あの八歳の聖者が、また子供を騙している。
あいつは明らかに「子供の皮を被った古狐」だ。よくもまぁ、あの外見年齢の優位性を活かして、ここまで恥ずかしげもなく子供のフリ(扮子供)ができるものだ……。
三日間! この三日間を自分がどんな思いで過ごしてきたかを!
本家の邸宅に到着し、王都への出発準備に三日間かかると知るや否や、あの八歳の聖者は「領地の発展戦略を立ててやる」と言い出した。最初は子供の他愛のないお遊びだろうと思っていた。しかし、彼が極めて短い時間で領地の情報を読み解いた直後、目の前に提出されたのは、驚くほど緻密で非の打ち所がない『領地発展方略』だった。
中身は農業、畜牧業、林業、漁業の改革計画、さらには領内の道路整備計画にまで及んでいた。数十年間自分を支えてくれた中核の領官(内政官)たちは、その計画書を見つめたまま、両目が極小の黒点(点目)になってフリーズしていた。
伐木業を中心に据え、輪作式農業を基盤とし、領内に分散していた十数箇所の村を五つの巨大な集落(大型聚落)へと統合する。
絶え間なく産出される木材を建築資材や道具の材料とし、四季を通じて収穫される兵糧を供給する。
畜牧業の養殖化を促進し、小型漁船の建造を進める。
これによって完全な自給自足(自給自足)が成立するだけでなく、畜牧業の生産力には莫大な余剰(盈餘)が生まれ、それ自体が輸出用の主力商品へと化すというのだ。
何より恐ろしいのは、計画のあらゆるプロセスに極めて詳細な解説が付属していた点だ。これなら、ただ表の通りに数年間運用するだけで、男爵領全体が劇的に富裕化する。その上、五つの巨大集落は互いに連携し合う形をとるため、防衛能力も飛躍的に向上する。
後期に至っては、この五つの集落をそのまま一つの巨大な要塞都市(大型城鎮)へと変貌させることも可能だ。これなら盗賊団どころか、正規の軍団が攻めてきても、攻城戦を躊躇するレベルである。
これが、本当に八歳の子供の書くものか!?
こいつの肉体には、絶対にどこぞの「怪物の魂」が居座っているはずだ……!
決定的なのは、この計画が外部からの資源に一切依存していないという点だった。
完全に自前の土地だけで経済をハメ技のように回しているのだ。これなら、どこの領地へ持っていっても大富豪になれる。
本来なら、これほどハイレベルな内政のスペシャリストを招聘して領地のグランドデザインを描いてもらうとなれば、どれほどの金子と人情(恩義)を費やさねばならないか分からない。
それを、このガキは。まるで何の価値もないゴミであるかのように、サラリと机の上に放り出したのだ。そして手を振り、ハエでも追い払うかのように「さっさと持って行って仕事しろ」と我々を追い立てた。
男爵領の政務システムは、この三日間で極限まで酷使された!
王都への行軍には貴族の先導が必要というルールがなければ、自分は今でも執務室の机に釘付けにされていただろう。
出発の際、留守を預かる中核の領官たちの口からは、半透明の生霊(幽霊)がふわふわと抜け出しかけていたような……。
現在、領内の全人口は計画の割り振りに従い、男爵邸を中心としたエリアへの配置換えを完了している。
第一陣の伐木工たちはすでに稼働を始めており、製材所の建設が進んでいた。
当然、本家の備蓄資金も超ハイスピードで蒸発しているが、すべては未来への投資だ。
王都の旅が終わる頃には、新たな農地の開墾も終わっているだろう。
あの新式の農具のおかげで、開墾の効率は以前の何倍にも跳ね上がっている。
今年の秋の収穫が、今から待ち遠しくてたまらない!




