第四章
リスク王国。数多の諸国が林立するこの大陸において、四大帝国の下に位置する一等王国である。
人口は三千万人。
大陸中西部の半島に位置し、隣国であるパリティア王国とのみ国境を接している。
政治環境や国家の発展という面において、天に愛されたと言ってもいい国だ。
それほど恵まれていながらも、リスク王国には領土を拡張しようという野心がほとんどなかった。
なぜなら、隣国のパリティア王国もまた同じく一等王国であり、あらゆる領域における発展度合いが自国と互角だったからだ。
両国はこの「良きライバル」という状態を、何世代にもわたって維持し続けていた。
愚鈍な後継者のせいで国家の発展が妨げられることのないよう、それぞれの王室メンバーは極めて競争の激しい日々を送っていた。
リスク王室を例に挙げれば、王位継承者たちの成績や評価は完全に「極秘」とされていた。
成人式を終えて正式に社交界にデビューするまでは、その成績を閲覧できるのは国王を含めたわずか三人だけなのだ。
つまり、すでに王太子としての地位を確立している者であってすら、正式に王位に就くまでは「どこからともなく現れた親族に、いつ王太子的の座を奪われるか分からない」という終わりのない恐慌状態に置かれる。
正式に即位して初めて、自分がどれほど幸運だったかを知るのだ。成人した途端に自分より王位に近づく可能性のあったあの有能な同輩たちも、結局は年齢が足りなかったがゆえに、自分を脅かす前に勝負がついたのだと……。
この王室の競争メカニズムによって、まだ表舞台に出ていない優秀な同輩たちは、自動的に王を補佐する影の存在(輔佐)となる。
当然、現王が不幸にも暗殺されたり病死したりすれば、彼らはいつでも王位を引き継げる実力と資格を持っていた。
それにもかかわらず、王室内で骨肉の争いが絶対に起きないのには、ある理由があった。
もし王の死が王室メンバーによるものだと発覚した場合、犯人と同世代の王室メンバーは全員、自動的に王位継承資格を失い、即座に国外追放となるからだ。
良い知らせとしては「これ以上身内で蹴落とし合う必要がなくなる」こと、悪い知らせとしては「追放される者は、ほぼ全裸に近い状態で国境の外へと放り出される」ことだ。男女を問わず、身にまとうのは最低限の局部を隠すためだけの一枚の布きれのみ。
王室は国内で犯人に直接の罰を与えたりはしない。だが、追放された元王室メンバーは、国境の外で待ち受けていた同輩たちによって、連帯責任の恨みを込めて私刑される運命にあった。
このやり方は、矛盾の矛先をすべて犯人一人に集中させ、追放された側が王室そのものを逆恨みしないようにするための周到なシステムだった。
では、本来なら王の継承者として英才教育を受け、国外へ追放された者たちが、後に敵国の大臣となって自国に牙を剥いてくる心配はないのか?
それに対し、リスク王室はこう言い放つ。――「いつでも大歓迎さ」と。
もし現王が、その程度のトラブルすらあしらえないような無能ならば、ちょうどいい、すぐにでも次の王に挿げ替えるだけだ。
リスク王室のメンバーがこれほど地獄のような日々を送っているのだ。隣国のパリティア王国も、内情こそ知る由もないが、おそらく似たり寄ったりの状況だろう。
その証拠に、リスク王国では「時折」、外国からの亡命者を自称する極めて優秀な人材を拾うことがあった。そして彼らは、一定の権力を握るや否や、パリティア王国に嫌がらせを始めるのだ。彼らがどこからやってきたのかなど、調査するまでもない。
難題を抱えるような王国が誇る王都が、筆舌に尽くしがたく雄大であるのは必然だった。
王都エビード。常住人口三百万。王国の政治および軍事の中心地である。
商業の規模こそ商業の中心都市であるアイランドには及ばないものの、膨大な人口というエネルギーに突き動かされ、別格の繁栄を見せていた。
ロディス男爵の馬車は、城内へ入るための果てしない長蛇の列に並んでいた。
まだ純粋無垢な少女であるリースは、あまりにも高聳(そびえ立つ)した城壁を呆然と見つめ、完全に心を奪われていた。
彼女の生まれた村には基本的な柵すらなく、領都ですら小さな町の規模で、辛うじて城壁と呼べる程度の低い壁があるだけだった。
高さだけで十メートルを優しく超えるこのような巨大な建造物を目にするのは、彼女の短い人生の中でこれが初めてのことだった。
やがて好奇心が爆発したリースは、兄にべったりと寄り添いながら「質問責め」を始めた。
対する私は、博学多才で心優しいお兄ちゃんとして、もちろん知る限りのすべてを懇切丁寧に答えてあげた。
隣の馬車にいたロディス男爵は、その会話を小耳に挟んで両目を丸くしていた。
なぜなら、いくつかの質問の答えは、貴族である彼すらも知らないような内容だったからだ。彼は大慌てで部下に紙とペンを持ってこさせ、自分が重要だと感じた答えを必死にメモし始める始末だった。
やがて妹の興奮もようやく冷め、疲れ果てた様子で私の膝の上にうつぶせになって眠りについた。
それを見届けてから、私は馬車の窓から手を伸ばし、人差し指をくいっと曲げて、男爵閣下を手招きした。
「私たちは、ここでいつまで待たされるのですか? あなたほどの貴族であっても、特權レーンのようなものは存在しないのですか?」
「……聖者様、ご冗談を。私のようなしがない男爵風情が、どうして王都で特権など持てるはずがありましょうか」
……私もよほど頭が疲れていたらしい、こんな愚かな質問をしてしまうとは。
「ということは、何事もなければ、私たちが城内に入れるのは夜になるのですね?」
「何事もなければ……はい、左様にございます」
男爵は薄氷を踏むかのように慎重に答えた。
私は小さくため息をついた。仕方がない、ならばその「何事か」を、今ここで起こしてやるとしよう。
まず手を振って男爵を自分の馬車に戻らせて着席させた後、私は自身が持つ『聖者』としての威壓を解放した。
それも非常に親切なことに、城門の守衛たちが焦って小走りで私の馬車まで駆けつけ、この聖者様の座乗する馬車の位置を確認できる程度に、威圧の出力を都合よく調整してやったのだ。
正式に手綱を握って馬車を駆り、並んでいた列から強引に引き剥がすと、すぐ隣にある、完全にもぬけの殻だった広大な特殊専用レーンへと乗り入れた。
おかげで私は、太陽が完全に沈む前に王都の迎賓館へとチェックインすることができた。男爵が一体何時になったら中に入れるのかなど、私の知ったことではない。
男爵が迎賓館に到着し、私に一言挨拶に訪れたのは深夜になってからのことだった。彼はその後、王都にある本家の邸宅へと足早に休憩に向かった。
……やっぱり、貴族にはほんの一丁前の特権が存在するらしい。
平民には深夜の入城など到底不可能な話だし、何より、寸土寸金の王都に自分名義の一軒家を構えることなど、逆立ちしたってできやしないのだから。
翌日の朝、私は男爵の付き添いのもとで王宮へと向かった。妹は迎賓館に残し、優しそうなメイドのお姉さんたちに世話を頼んである。
(別れ際に、妹に無礼を働かないようメイドたちを私の殺気で一通り脅しておいた件は、まぁなかったことにしておこう)
王宮に到着すると、国王陛下が正門を開いて出迎えるため、少し待つようにと言い渡された。
王宮の大門が、そう簡単には開かれない特別なものであることは理解できる。
だが、聖者を待たせること自体が、そもそも無礼というものではないだろうか?
それとも、これは一種の『試す真似』か?
私はその思考を胸の奥へと押し込めた。何しろ今回は「就職活動」に来たのだ。雇い主が面接のプロセスを設定するのは当然のことだからな。
私は侍従の案内に従い、謁見の間の門の前へとやってきた。重厚な一枚板の木製の門は、これ以上ないほどの威厳を放っている。
門がゆっくりと左右に開いた。侍従が私の名を高らかに告げる中、私は謁見の間の大中央へと歩みを進めた。隣にいた男爵は、すぐさまその場に片膝を突いた。そして、何やら戦果の報告や恩謝の言葉を並べ立て始めた。
私はそんな形式的な儀礼には全く興味がなかったので、広々とした大広間を左右に見渡した後、その視線を王座に座る人物へとロックオンした。
――コツン。
靴のヒールが床に触れる軽い音が響いた。次の瞬間、私はすでに王座のひじ掛けの上へと転移していた。
両手をポケットに突っ込み、片足でひじ掛けの上に立つ。広大な王座は、八歳の子供が一人立ったところで窮屈さなど微塵も感じさせない。
周囲の大臣たちが一斉に息を呑んだ。不敬だと叱責したい気持ちと、王を護衛しなければという本能が激突する。しかし、目の前にいる小僧が『聖者』であることを思い出し――一頭、完全にパニックに陥っていた。
私は顔を下げ、国王を見下ろしながら問いかけた。
「――お前に……俺という『聖剣』を握る勇気が、あるか?」
国王は答えた。
「……それは、いかなる意味でしょうか?」
「言葉通りさ。俺がお前たちのために働き、お前たちが俺に報酬を払う。これ以上ないくらい、正常な雇用関係だろ?」
国王は冷や汗をにじませながら問い返した。
「……つまりあなた様は、この大陸において歴史上初めて、世俗の王権の命に従う聖者になる、という意味でしょうか?」
「俺はね、こう考えてるんだ。王室は俺に人を殺させる命令権を得る。その見返りとして、俺はいくつかの特権と地位、それから領地が欲しい」
私はずる賢そうな笑みを浮かべて提案を持ちかけた。
「しかし、大陸には聖者たちの組織が存在します。実質的な上下関係はないとはいえ、そこには比較的多くの『聖』が集まっている。数の力で単一の聖者を制圧し、制裁を下すことも可能です。あなたがむやみに動けば、制裁を招く恐れがあります」
一傍らにいた宰相が口を挟み、説明を試みてきた。
「あぁ、やっぱりそういう組織があるんだな? でも問題ない。なぜなら、俺は普通の聖者じゃないからな」
言い終えると、私は身を翻して階段の下へと着地した。大剣を肩に担ぎ、国王を見つめる私の瞳には、比類なき自信と覇気が宿っていた。
「では……どうされるおつもりですか?」
「とりあえずお前たちの敵対国の国王を殺して、そのあと聖者組織の連中をあしらってから考えようぜ」
「あぁ、だけどその前に。国王陛下に一つ、ねだりたい物があるんだ」
「……何をお望みでしょうか?」
「剣だ。十分な硬さを持つ剣。刃など付いていなくていい。ただ、どこまでも頑丈なものをな」
私が手元にあった剣を無造作に一振りすると――その剣身は、一瞬にしてキラキラとした金属の粉末へと砕け散った。
「見ての通り、普通の精鋼の長剣じゃ、俺の力には耐えきれないんだよ」
私は両手を広げ、肩をすくめて見せた。
ここにいるのは全員が王国の最高幹部だ。文官であっても、高達な武人たちの戦闘を見たことくらいはある。
彼らとて、武器が激しく衝突した結果として折れたり、破損したりすることは理解できる。
しかし、目の前で起きたのは、ただ軽く一振りしただけで、剣身が金属の塵へと還元されるという異常事態だ。武人出身の将軍たちですら、この子供が一体あの剣に何をしたのか、現状を全く理解できずにいた。
国王はしばらく思考を巡らせた後、即座に決断を下した。
「……ちょうど我が国には、鍛冶師たちがどうしても熔解(融煉)させられなかった剣がある。それならば、聖者大人(様)の要求を満たせるやもしれん」
国王はすぐさま侍従に武器庫へ向かうよう命じた。
「『黒剣』を持ってまいれ。それを聖者大人へ捧げるのだ」
侍従が無言で退室し、ほどなくして、一本の黒い金属の棒を両手で捧げ持って戻ってきた。
目の前にあるその「剣」は、お世辞にも剣と呼ぶには少々無理があった。
どちらかと言えば、ただの長方形の金属の塊を、無理やり剣柄にくっつけただけのような代物だ。しかも金属の表面には、凄まじい力で叩きつけられた無数の痕跡が残っている。鍛冶師たちが、この代物をどうにかして「剣」の形にしようと、あらゆる手を尽くして足掻いたことだけはよく伝わってきた。
ただ、その結果が、これ(残念な出来栄え)というわけだが……。
私はそれを受け取ると、両手でぐっと力を込めて捏るように握った。これで、少しは剣らしい形になった。
先ほど、私が剣を粉塵に変えた時点で冷や汗を流していた大臣たちは、この瞬間、全身の汗をさらに滝のように噴き出させた。
この黒剣はリスク王国において、熔解不能かつ超硬質の金属としてかなり有名だったのだ。
目の前の子供は、ただ指で少し捏ねただけで、それを目に見えて薄く変形させてしまった。一体全体、どれほどの怪力だというのか。
さらに私がその剣身を指先でピンと弾くと、低く澄んだ剣鳴が謁見の間に響き渡った。
私は満足そうに頷いた。
「いいですね、気に入りました。それでは、私はこれで失礼します」
国王が慌てて問いかける。
「お、お待ちください、聖者様! 一体どこへ行かれるおつもりですか!?」
「決まっているでしょう、さっき約束した敵国の国王を殺しに行くんですよ。安心してください、すぐ終わりますから。ちょっと行って、戻ってくるだけです」
(ちょっと行って戻る……!?)
国王は心の中で絶叫した。他国の国家元首を暗殺することを、まるで今日の晩ごはんの買い出しにでも行くかのような軽い口調で言うんじゃない!!
謁見の間に突如として凄まじい強風が吹き荒れ――次の瞬間、私は一同の目の前から完全に姿を消していた。




