第二章
前世……いや、この身体の前の持ち主の記憶を頼りに、私は妹の手を引いて村へと戻った。
典型的なのは、村で唯一の商人だった我が家が、こんな風にボロボロになり、大人の付き添いもなしに二人きりで徒歩で帰ってきたのだ。村人たちも何が起きたのかはすぐに察した。
事前に交わされていた約束通り、私と妹は村全体で面倒を見てもらう。これは、両親が村の代表として外へ行商に出るための保障だったのだ。疾風盗賊団のせいで、この付近の村々の交易路はここ数年完全に遮断されていたからな。
村全体のバックアップを受けた代理人ビジネスというのは比較的成功しやすいが、その分、死亡リスクも跳ね上がる。見返りがなければ、誰がそんな命がけの真似をするものか。
もし村人たちがこの約束を破れば、今後二度と村のために危険を冒して生計を立てようとする者は現れなくなるだろう。
見た目こそ落ちぶれて帰ってきたように装ったが、実は死体の山に散らばっていた財貨はすべて回収しておいた。しかし、商人や護衛の死体から集まった金よりも、盗賊団の懐から出てきた金のほうが十倍以上多いというのは、一体どういう理屈なんだ。わけがわからない。
剣術のレベルが上がったおかげで、この貧弱な身体の『筋力』と『耐久』といったステータスは大幅に向上していた。だが、大金が詰まった袋を抱えて道を歩く子供など、拡声器で「私を襲ってください!」と宣伝しながら歩いているようなものだ。そこで私は別の街へ立ち寄り、額面の大きい硬貨に両替してもらった。硬貨の枚数を一桁にまで減らした上で、それを衣服の裏地に縫い付け、手元には最低限の小銭だけを残す。
熟考の末、やはり生まれ育ったこの村に身を寄せて庇護を求めるのが最善だと判断した。
この身体の妹など見捨てて、一人でどこか遠くへ高飛びすることだってできた。だが、物も言わずにただ涙を流し続ける幼い少女を見ていると、私のあのクソ忌々しい同情心がまたしても疼いてしまったのだ。
仕方がない。ひとまず彼女が成人するまでは面倒を見て、その後はまたその時に考えるとしよう。
――そんな風に計画していたのだが。
現実はいつだって、想像以上に理不尽でファンタジー(魔幻)だ。
村に戻ってから八日目。領主の税務官が、疾風盗賊団の壊滅という知らせと同時に、この村の商隊が全滅したという公式な報せを持ってきた。
忌々しい。どこの世界に行っても、税金を取り立てる奴らは借金取りよりも足が早いらしい。
続いて税務官は、領主による処置を言い渡した。数年間滞納していた税は情状酌量により減免するが、その代わり臨時の徭役を課す、と。ロレンツォ家唯一の生き残りの男子として、私は税務官のゴミを見るかのような視線の前へと引きずり出された。
税務官の左右に控える二人の騎士に目をやる。
(今この場から逃亡した場合、妹が一人で生きていける確率)を1秒ほど計算した後、私は思考を切り替え、(今ここでこいつら3人をブチ殺して、口封じができる確率)について考え始めた。
どうせこの地域の領主は臆病者だ。百人ほどいる私兵を、ここ数年一度もまともに動かさなかったような奴だ。ここでこの3人が死んだとしても、「疾風盗賊団の生き残りの仕業」とでも言っておけば、それなりに筋は通るんじゃないか?
……いや、お国のお役人を殺すのは、今はまだ妄想に留めておくべきだな。やるならせめて、目撃者のいない場所でだ。
数秒考えた後、私は素直に税務官の後ろに従った。
子供特有の高い声(童音)を使って周囲から情報を探ってみると、今回の徭役というのはどうやら『兵役』のことらしい。しかし我が村にはそもそも青壮年の男がほとんどいない。老人と女子供ばかりの集団の中で、なんとこの八歳の私が「一番青壮年の基準に近い」という扱いになっていた。
どうやら領主の上級領主が、同格の領主と領地の帰属を巡って揉め事を起こしたらしく、戦争で白黒つけることに決まったそうだ。
子供の身分ではこれ以上の詳細な情報は手に入らなかった。私は、この来るべき戦争でどう立ち回るべきか、思考を巡らせ始めた。
あの感情の籠もっていない電子音声の言い分によれば、私の転生特典は『討伐数』を基準に付与されるらしい。一人、十人、百人、千人、万人……という具合に、キル数を重ねるごとに、ある特定の能力や技能を直接『聖級』にまで引き上げる権利がもらえる。
親切な盗賊団が三百以上のキル数を稼がせてくれたおかげで、私は三つの特典をすべて基礎ステータスの向上に注ぎ込んだ。現在、私の『筋力』『俊敏』『耐久』はすべて聖級に達している。
文字面だけ見れば最強っぽいが、要するに数値が「100」になったというだけだ。この世界では、何か一つの技を極めるか、あるいはステータスを100に達した者を『〇聖』と尊称するらしい。力聖、体聖、敏聖、あるいは画聖、匠聖……なんだか、ものすごく安っぽく(LOWに)感じられるのは気のせいだろうか。
ステータス以外にも、技能の伝承はかつてこの世界に実在した聖級の人物から引き継がれる。その人物が積み重ねてきた修練の記憶、それこそ『筋肉の記憶』までもが完全に私の中に流れ込んでくるのだ。だからこそ、八歳そこらの子供の身体でありながら、何百人もの人間を連続で斬り伏せても疲れない……わけがないだろう。
あの時あれほど無双できたのは、女神から最初にもらった唯一の『女神の加護』を贅沢に使い、一定時間「絶対に負傷しない状態」になっていたからこそだ。そうでなければ、いくら腕が立とうが防御力ゼロのクソガキだ、人海戦術で確実にすり潰されている。
まぁ、あれは最初のチュートリアル(初めの頃)の話だ。あの盗賊ども、絶対に女神が俺に経験値を貢ぐために配置したサクラ(仕込み)だろうと強く疑っているが、証拠はない……。
今の私の筋力、俊敏、耐久はすでに人類最強の領域だ。慎重に立ち回れば、百人くらいを斬り殺すのは造作もない。上級貴族と言ってもたかが子爵だ、私兵の上限などせいぜい千人程度、それも財政状況次第だろう。そんな小規模の小競り合いだ。さらに農民兵が主力の戦場で、突然片方の陣営が「百人瞬殺」でもされれば、敵を戦意喪失させる(威嚇する)には十分なはずだ。……たぶん。
ずっと下を向いて考え事をしていたため、前を歩いていた人間が立ち止まったことに気づかず、私はその背中に頭から衝突してしまった。
「あ……っ、すみません」
税務官は平民のガキにぶつかられたことで一瞬不快そうな顔をしたが、相手が子供であることに免じて、特に咎めることもなく言った。
「着いたぞ。さっさと列に入れ」
「はい、税務官様(大人)」
臨時の仲間たちを見渡してみる。領主直属の一百の私兵だけは、標準的な鎧を身にまとっているためそれなりに軍容壮盛に見えるが、それ以外の連中は純粋に数合わせのためだけに連れてこられた農民兵だった。マシな者で鉄のフォーク、中にはどこから調達したのかも分からない木柄の長槍、果ては草刈り用の鎌を手にしている者までいる始末だ。
中世において鉄鉱石が管制物品(管理の厳しい品)であるのは事実だが、これはいくらなんでも……。
それに比べて、私の背中にある等身大の精鉄の長剣は、異類(異物)以外の何物でもなかった。
周囲からは大小様々な笑い声が聞こえてくる。
だが、私の外見年齢(八歳)に目を留めると、多くの者たちが一転して沈黙を深めていった。
彼らも馬鹿ではない。貴族様が村から強制徴募した人手の中に『子供』が混ざっている。それがその村にとってどういう光景を意味しているか、痛いほど理解できるからだ。
同じ領主の管理下にある各村の状況はどこも大差ないはずだが、それでも数人の成人男性くらいは差し出せる。それが成人男性が一人残らず消え失せ、徴兵官がやむを得ず子供を連れて戦場に赴く状況となれば――残されたのは本当の意味での老弱婦孺だけだ。
つまり、目の前にいるこの少年こそが、彼らの村における「最高齢の若い男」なのだ。
私は小さく首を振り、その小さな身体を活かして最前列へと潜り込んだ。
最前列は死亡率が高いことを意味する。私に後ろへと押しやられた者たちは、相手が子供であることなどお構いなしに、慌ててさらに一列後ろへと引き下がっていった。
我が同僚たちに比べ、対戦相手の陣容こそが真の意味で「軍容壮盛」と呼ぶにふさわしかった。
千人の重装歩兵方陣が整然と敵陣の前に整列している。一人ひとりの鎧が眩いばかりに輝き、厳粛で沈黙に満ちた軍陣が、敵に重苦しいプレッシャーを与えていた。
その軍陣の後方では、大袈裟な跳ね上がった髭を生やした金髪の男が、傲慢に指で髭を弄びながら高笑いしていた。
「我が親愛なるロディスよ。これ以上時間を引き延ばすのはよそうじゃないか。早くこの愉快な『戦争ゲーム』を始めよう」
「……御心のままに、尊敬すべきベンジャミン子爵閣下」
いわゆる貴族戦争とは、貴族たちが手下の戦い合う様を高みの見物し、勝敗に関わらず貴族本人には一切の傷もつかない戦争のことだ。
開戦前に双方で賭ける代償を取り決め、勝者はすべてを奪い、敗者はすべてを失う、一種の「ゲーム」。
だが、実際に現場で殺し合う兵士たちにとっては、文字通りの死活問題であった。
双方が突撃の号令を下し、両陣営の方陣が互いに向かって走り出す。しかし、我が方の歪で数回りも小さな方陣に比べ、相手の重甲騎士団の突撃こそが本物の軍隊と呼べるものだった。
――しかし。
戦場の中央で凄まじい轟音が響き渡り、双方の突撃は唐突にピタリと静止した。
整然とした千人の方陣。その中央の一列が、いつの間にか綺麗に消失していた。
そこにいた者たちは、人間も鎧もまとめて中央から真っ二つに切り裂かれていたのだ。断面はどこまでも滑らかで、等分された肉体は左右へと倒れ伏していく。隣にいた重装甲の兵士たちは、未だに目の前の光景が信じられないといった様子で呆然と立ち尽くしていた。
そして、さらに後方の本陣の前は、完全に大混乱に陥っていた。
一人の少年が、いつの間にかベンジャミン子爵の肩の上にしゃがみ込み、その刃を子爵の喉元へと真横に突きつけていたのだ。
周囲の護衛騎士たちもまた、綺麗に両断されて地面に倒れ伏している。その中には、核心の領官(主力将校)二人すらも含まれていた。
「領主様! これ、斬っていい? いいよね? いいよね!?」
少年が声を張り上げる。
「「駄目だァァァッ!!!」」
声は前後、様々な方向から響き渡った。戦場において、まさかの立体音響が発生した瞬間である。
すでに中年となったロディス男爵は、滝のような汗を流しながら馬を走らせて駆け込んできた。
今日の彼は、あまりにも多くの衝撃を受け止めすぎていた。いくら数々の修羅場をくぐり抜けてきたとはいえ、今日の嵐は彼の心理的許容範囲を完全に超えている。
「ハ、ハハハ……子爵閣下、お気になさらずに。子供の分別のない悪ふざけですから。ほら、本日の試合の勝敗はこれで決まり、ということでいかがでしょう?」
「か、勝、勝、勝ちだ! お前の勝ちでいい! だから早くそのガキの持ってるふざけた剣を退けさせろ!!」
「あ、ああ……これは私の不手際でした。……その、戦闘はもう終了した。剣を収めてはくれないかい? ボク?」
男爵は、これまでの人生で最も優しい声を絞り出した。
少年は「チッ」と舌打ちを漏らす。
「つまらん」
一言そう吐き捨てると、ゆっくりとした足取りでロディス男爵の陣営へと歩いて戻っていった。
一方、ロディス男爵は戦場の中央に刻まれた一本の血の線をしばらくの間見つめ、無言で沈思黙考した後、手下の騎士たちに合図を送り、綺麗に切り裂かれた百セットの鎧を回収させた。
今回の戦争は本家の勝利に終わった。領土を割譲する必要もなく、鉱山を差し出す必要もない。本来なら、これ以上ないハッピーエンドであるはずだった。
しかし、軍人出身であるロディスの戦場本能は、いまだに狂ったように危険信号(警報)を発し続けていた。
そして、その警報の矛先は――あの少年であった。




