第一章
激しい雷鳴が轟き、雨霧が視界を遮る。森の中の小道の脇で、馬車が横転していた。辺りには死体が散乱している。
すっぽりと長衣をまとった数人の男たちが、口元を覆う布の奥からくぐもった笑い声を漏らしながら、生き残った二人の子供に長剣を向けていた。子供たちのうち、少年は震える手で練習用の長剣を構え、一人の幼い少女を背後に庇いながら盗賊と対峙している。
盗賊の剣が、今まさに少年の眼に突き刺さろうとしたその瞬間。少年の脳内に、ある電子音声が響いた。
『――警告。宿主に致命的な危機を検知。システムを起動します。「初心者お祝いパック」を贈呈。同時に、前世の記憶を覚醒します』
「……そういうことか。あのクソ女神め。約束通りに俺の記憶を完全に消去して送り出したわけじゃなかったんだな」
少年には、自分の脳内で低く落ち着いた声でその『システム』とやらに話しかけているのが、自分自身の『前世の魂』なのだと直感した。だが、それ以上に理解できなかったのは、なぜ目の前の景色がまるで時間が止まったかのように静止しているのか、ということだった。
次の瞬間、視界が真っ暗になり、少年の擬似人格は引っ込み、完全に意識(前世の記憶)が統合された。
『擬似人格の回収が完了しました。お帰りなさいませ、宿主様』
「フン、俺を欺くために、随分と周到な準備をしていたものだ」
『宿主様が現在直面している状況に鑑み、「初心者お祝いパック」は自動的に【剣聖の剣術】に設定されました。お受け取りください』
『おめでとうございます。【風の剣聖】の全システム(全套)の剣術を獲得しました。現在のステータスに基づき、入門級剣術『流』を解放します』
『メインクエストを発行します。メインクエストをクリアすると、任意のステータスを一つ、最大値まで引き上げることが可能です。――現在の討伐数:0/1』
ここで、時間の停止が解除された。
少年が目を開いた瞬間、剣柄を握っていた手を放し、もう片方の手で剣身を強く叩いた。練習用の長剣がクルリと回転し、目の前の男が放った刺突を弾き飛ばす。そのまま逆手に持ち替えた剣で、子供ゆえの背の低さ――相手が攻撃するために身を屈めなければならないという優位性を活かし、一太刀でその喉元を掻き切った。
『討伐数1/1。クリアを確認しました。第一段階の報酬を付與します。上昇させるステータスを選択してください』
「『速度』を選択する」
『宿主の速度値を最大値(100)に引き上げました。速度値30の条件を満たしたため、進階剣術『迅羽』が解放されました』
『第二段階のメインクエストを発行します。現在の討伐数:0/10』
少年は身を屈めて低く構えると、先ほど仕留めた盗賊の手から、練習用長剣よりも明らかに質の良い剣を拾い上げた。そして超高スピードに乗って森の中を縦横無尽に駆け巡る。ほんの一瞬のうちに、さらに十人の男たちが血の海に倒れ伏した。
もしも『流』が初心者のために作られた、ただ剣という武器に慣れ、掌の範疇で自在に振り回すための、剣技というよりは曲芸に近いものだとするならば。
この『迅羽』は突撃術だ。自身の速度をそのまま動能へと変換し、力の弱い者であっても致命的な一撃を繰り出すことを可能にする。
疾風盗賊団の頭領の心は今、荒謬と信じがたい衝撃で満たされていた。
彼ら疾風盗賊団は、全員が『風の剣聖』の剣術を修めているからこそ、近隣の領地を十数年もの間荒らし回っても、どこの軍隊にも討伐されずに済んできたのだ。最終的には一部の貴族が敵対貴族を叩くための手駒にまでなった。
だが、まさか、これほどの精鋭たちが、明らかにただの子供にすぎない小僧の手によって、一瞬にして十一人が瞬殺される日が来ようとは、夢にも思っていなかった。
「何を呆然としている! 剣を抜いて散開しろ! 陣を組め!!」
盗賊団の残り二百七十一人はハッと我に返り、大慌てで剣を抜いた。そして本能的に後ろへと跳び退いて距離を取り、まるで強大な敵を前にするかのように、中央に立つ小さな少年を凝視した。
『第二段階のメインクエスト、討伐数10/10。クリアを確認しました。報酬を付與します。上昇させるステータスを選択してください』
「『体力』を上昇させる」
『宿主の体力値を最大値(100)に引き上げました。体力値50の条件を満たしたため、上乗(上級)剣術『嵐』が解放されました』
『第三段階のメインクエストを発行します。現在の討伐数:0/100』
体力の加護を得たことで、少年にはもう力尽きる心配はなかった。
彼が上段の構えを取ると、その場に突如として、どこからともなく風が巻き起こった。剣身から生じた旋風は、瞬く間に周囲の盗賊団のメンバーを巻き込んでいく。
「まずい! 『嵐』だと!? あのガキがなぜそんな技を使える……!? 退け! 早く撤退しろ!!」
盗賊団の頭領は、自らの門派の絶技を我が物顔で発動させる少年を、信じられない思いで見つめていた。かつて風の剣聖が健在だった頃でさえ、この技を習得できたのは彼の『十二高徒』だけだったのだ。風の剣聖が没し、門下生たちが四散して、果ては自分たちのように盗賊へと身を落とした現在、この招式はもはや記述の中にしか存在しない伝説の技だった。
しかし、実物を見たことがなくとも、盗賊団の面々はその技の使用条件を知っていた。体力値50というのは最大値の半分にすぎないように思えるが、実際その領域に達することのできる者など鳳毛麟角――ごく一握りの天才だけだ。それも、風の剣聖の完全な伝承を受け、速度値だけでなく体力値の基準をも同時に満たした本物の天才でなければならない。
これは「気」を用いた複数攻撃の大技であり、風の剣聖の技の中で最も名高い一撃でもあった。かつて彼は戦場において、この技を放つことで「剣聖」の称号を得るための絶対条件である万人斬りを達成したのだ。
だが、頭領が撤退を命じるのは、あまりにも遅すぎた。
風の剣聖の剣術には、もう一つ広く知られた特徴があった。それは、力を溜めてから発動するまでの間隔が、極限まで短いということだ。
一呼吸の間。
突如として一本の竜巻が大地から湧き上がった。もはや外へ逃げるどころか、まともに立っていることすら困難な暴風。中心に最も近かった百人は、悲鳴を上げる暇さえ与えられず、剣気の渦に巻き込んで文字通り木端微塵に粉砕された。
『第三段階のメインクエスト、討伐数100/100。クリアを確認しました。報酬を付與します。上昇させるステータスを選択してください』
「『力量』を上昇させる」
『宿主の力量値を最大値(100)に引き上げました。力量値80の条件を満たしたため、奥義剣術『凪』が解放されました』
『第四段階のメインクエストを発行します。現在の討伐数:0/1000』
この時、吹き荒れていた風も雨も、すべてがピタリと止んだ。
『嵐』が放った凄まじい威勢によって、周囲の雲層すらも引き裂かれ、純白の月光が何に遮られることもなく大地へと降り注いでいる。
刹那、盗賊団の面々は骨の髄まで凍りつくような寒気に襲われた。まだ百七十余人の生き残りがおり、それぞれが一騎当千の腕前を自負していたが、今のこの瞬間、彼らは一切の温もりを感じられなくなっていた。
彼らは、一人の「剣術の怪物」がゼロから爆発的に成長していく様を、その目で当たりにした。
全員が未だに剣を中央の少年へ向けてはいたが、その心の奥底では、誰もが一つの事実を悟っていた。――今夜、自分たちは全滅する。
中央に佇む少年は、しばらくの間夜空を見上げた後、深く息を吸い込み、一言だけその名を紡いだ。
「――『凪』」
音は何も響かなかった。
まるで一陣の微風が優しく撫ていったかのように。先ほどの『嵐』の狂暴な破壊力とは打って変わり、周囲の草木には傷一つ付いていない。
しかし、生き残っていた百百七十二名の盗賊団の首は、すべて音もなく、その身から滑り落ちた。
微風から強風へ。強風から狂風へ。結果は無風の静寂へと帰る。
これこそが、風の剣聖が生涯をかけて至った「風の道」への悟りであり、今夜、システムがもたらした異界の絶技として、再びこの世界へと現出したのだ。
すべてが終わった後、少年は少女の手を引き、静かに森の奥へと歩みを進めていった。
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ずっと昔に心が死んでしまった人間として言わせてもらえば、私の人生は退屈極まるものだった。
自分の魂を七度蔑んだ後、私は自分自身に、一見すると励みになるような人生の目標を立てた。極めて現実的な目標だ。
誰であれ、順序立てて実行していけば最終的には必ず実現できる。なぜなら、その目標には『失敗』すらもあらかじめ含まれていたからだ。
私は自分が努力しているかのように振る舞った。昼は学び、夜は働く。誰が見ても、この人間が努力していないなどとは言えないような姿を見せ続けた。
だが、自分自身にとっては違った。これは、目標が先に実現するか、それとも自分が先に死ぬかというギャンブルにすぎなかったのだ。
やがて、私のギャンブルは結末を迎えた。突発性の心筋梗塞。それが、この退屈な人生の終わりだった。
生前に書いておいた延命措置拒否合意書と臓器提供同意書は、最大の効力を発揮した。生前は何の役にも立たなかった人間が、死んだ後にようやく、貴重な医療資源となったのだ。
私の臓器は、周囲を囲むハゲタカのような医師たちによってすべて抉り取られ、残された肉体は実習生たちの手によって千刀万剮――文字通りバラバラに切り刻まれた。最後に残った灰は、紙コップ一杯分にすら満たなかった。
だが、私はそれでいいと思った。この身体の使用権を得ていた者として、私の使い方は決して褒められたものではなかった。今こうして、他の誰かに、より効率的な方法で使ってもらえるのだから、むしろ望むところだ。
そして――私は椅子に腰掛け、異世界の女神を自称する女が、私の新たな転生先候補を熱心に説明するのを、ただ聞いていた。
「すみません。できれば、私を永遠に死なせてはいただけないでしょうか?」
「は?」
「その……『人として生きるは苦海に入るが如し、この世はすべて地獄なり』という言葉を聞いたことはありませんか?」
「何を言っているの?」
「聞いたことがありませんか。当然です、今私が作った言葉ですから」
「……」
「……」
「……分かったわ。それなら、通常の転生規則に従って、あなたの記憶をすべて消去してから転生させてあげる。記憶が消えれば、あなたという人格も永遠に死んだも同然。これでいいかしら?」
「ありがとうございます」
本当に、心から感謝した。私は女神を自称するその女に向かって九十度深く頭を下げ、そして意識を失った。
――次に私が目を覚ました時。
そこは、むさ苦しい大男たちに不躾な笑みで囲まれている真っ只中だった……。
やっぱり、女の言うことなんて、句読点一つすら信じられたもんじゃない!




