第8話 水たまりの伝言
その日から、慎一は八雲島について調べ始めた。大学の図書館、インターネット、あらゆる資料を当たった。しかし、その島に関する情報は恐ろしいほど少なかった。
島根県の離島リストにさえ、その名前は載っていない。地図を見ても、該当する場所に島は描かれていない。まるで、意図的に隠されているかのように。
唯一見つけた手がかりは、大学の古い書庫の奥にあった、昭和初期の民俗学雑誌だった。埃をかぶった雑誌を開くと、小さな記事があった。
『山陰の奇談 ―地図にない島―』
筆者は、柳田國男の弟子の一人だった。
『山陰の沖に、土地の者も語りたがらぬ島がある。正確な場所は記せぬが、そこでは今も生きた信仰が残っているという。年に一度、人を水に還す祭りがあり、選ばれし者は喜んで水に入るという。
私も現地調査を試みたが、船頭たちは皆、その島への航路を知らぬと言い張る。ようやく見つけた老船頭も、多額の金を積んでも首を縦に振らなかった。
ただ、彼が最後に言った言葉が忘れられない。
「あの島に行った者は、帰ってきても元の人間ではなくなる。水に魅入られ、いずれは海に還っていく」
この件については、これ以上の調査は危険と判断し、断念することとした。』
記事はそこで終わっていた。しかし、欄外に鉛筆で走り書きがあった。
『昭和十二年七月、筆者は隅田川にて入水。遺体は発見されず。最後に目撃された時、「水が呼んでいる」と繰り返していたという。』
慎一は本を閉じた。手のひらに、じっとりと、汗がにじんでいた。自分も同じ道を辿るのかもしれない――そんな予感が、心の奥底で、蠢いていた。
それでも、行かなければならない。
記録者としての使命が、慎一を八雲島へと導いていく。
続きを探したが、見つからない。その研究者の他の論文を調べてみると、八雲島の記事を書いた直後から、文体が変わっていた。水に関する異常な執着、海や川の美化、そして最後の論文のタイトルは『水への回帰 ―人類の進化の可能性―』だった。
慎一は窓の外を見た。いつの間にか雨が降り始めていた。梅雨入りが近い。
雨音を聞いていると、また幼い頃の記憶が蘇ってきた。井戸の中で見た、あの顔たち。彼らは本当に、慎一を仲間に引き入れようとしていたのだろうか。
その時、携帯電話が鳴った。
見知らぬ番号だった。
「もしもし」
返事はない。しかし、受話器から聞こえてくるのは……水音だった。
ざあざあという、雨とも波ともつかない音。その中に、かすかに声が混じっている。いや、声というより、泡が弾ける音。しかし、それが言葉を形作っているように聞こえる。
『来て……』
『お願い……』
『助けて……』
慎一は電話を切った。しかし、すぐにまた鳴った。今度は別の番号から。
出ると、やはり水音。そして、今度ははっきりと聞こえた。
『羽生慎一……』
自分の名前を呼ぶ、濡れた声。それは、あかねの声のようでもあり、もっと古い、別の誰かの声のようでもあった。いや、複数の声が重なっているような。
慎一は電話の電源を切った。
部屋に戻ると、机の上に水たまりができていた。
窓は閉まっている。雨漏りの形跡もない。しかし、確かに、そこに水がある。その水たまりは、文字の形を、していた。
『来て』
慎一は急いで水を拭き取った。しかし、雑巾に染み込んだ水は、普通の水とは違った。青みがかっていて、生臭く、雑巾の中で何かが動いているような感触があった。
この時、慎一はまだ知らなかった。あかねが大学に来なくなるのが、ちょうど一週間後だということを。彼女が最後に研究室に残したメモには、たった一言、『ごめんなさい』とだけ書かれていることを。
いや、もう一つあった。
メモの裏に、水で書かれた文字。乾けば消えてしまう、必死の警告。
『来ないで でも 来て』
矛盾した言葉。それは、あかねの中で二つの意志が戦っている証拠だった。
雨音が、少しずつ、強くなっていった。それに合わせて、慎一の手首の痣が、脈打つように、疼き始めた。
もう、選択の余地はなかった。
八雲島が、慎一を呼んでいる。
水の底で苦しむ者たちの声が、記録者を求めている。
慎一は、ゆっくりと旅の準備を始めた。
ノート、録音機器、カメラ。それに――なぜか直感的に、大量の塩も。
民俗学の語り部として、最後の仕事になるかもしれない。
しかし、それでも構わない。
語り継がれなかった文化は消滅する。
ならば、自分が最後の語り部となろう。
たとえ、その物語と共に、水の底に沈むことになったとしても。




