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第47話 帰り道
潮待庵への帰り道、慎一は、自分の体の変化を、はっきりと感じていた。
水野医院で過ごしたわずかな時間で、症状は一段、進んでいた。歩くたびに、足の裏が、地面を捉えそこねる。水の上を歩いているように、ふわふわと頼りない。手のひらを開くと、指の付け根に、薄い膜が、確かに張りつつあった。
そして、何より、喉が渇いていた。
水が、飲みたかった。あれほど恐れてきた水が。道端の用水路を流れる水を見ると、足が、勝手にそちらへ向かおうとする。慎一は、ぞっとして、自分を引き戻した。
恐怖は、まだ、残っていた。だが、その恐怖の輪郭が、日に日に、ぼやけていく。恐れと渇望が、同じ一つの感情に、溶け合っていく。水を恐れる心と、水を求める心が、もう、区別できない。
慎一は、香織のノートの一節を思い出した。『水を飲むのが、怖い。なのに、水のそばに行きたくてたまらない』。
同じだった。何もかも。香織が辿った道を、自分は、寸分違わず、なぞっている。そして、ノートの先には、彼女の最期が、待っている。
潮待庵が見えてきた。窓に、温かい灯りが点っている。キヨが、夕餉の支度をしているのだろう。あの優しい灯りが、いまは、誘蛾灯のように見えた。
それでも、慎一は、そこへ帰るしかなかった。ほかに、行く場所は、どこにもなかった。




