第43話 千年の起源
香織は医師らしい冷静さで、島の言い伝えを聞き取り、記録していた。神社の神官・伊織から聞いた、島の起源。
千年前、この島に、双子の巫女がいた。姉を夕日、妹を朝日といった。二人は、島の水を司る巫女として、海と人とのあいだを取り持っていた。
ある時、二人は同じ漁師の男を愛した。男は妹の朝日を選んだ。姉の夕日は、嫉妬と絶望のうちに、自ら島の最も深い井戸――清明井へ身を投げた。
だが、それは、ただの入水ではなかった。
島の地下深くには、太古から、意識を持った水の流れがあった。ひとりぼっちで、千年ものあいだ、誰かに自分を分かってほしいと渇いていた、水の魂。夕日の絶望は、その水と響き合った。彼女は水と契約を結んだ。自らの命と引き換えに、島に永遠の豊かさを与える代わりに、水は、生きた人間を求めるようになった。
妹の朝日は、姉の暴走を止めようとした。だが、止められなかった。朝日は、姉を鎮めるため、生涯を島の祈りに捧げ、やがて自らも井戸のそばで死んだ。
それ以来、島は、水に人を捧げ続けてきた。
『島民が捧げるのは、島の外から来た者だ』と、香織は書いていた。『島の者は捧げない。捧げるのは、いつも、よそ者。釣り客、技師、記者、研究者。私の父のような、調べに来た者。そして――私のような、その後を追ってきた者。』
『水は、外から来た者を屠ることで、島の千年を保ってきた。島民は誰も手を下さない。ただ、よそ者を、優しく島に留め、水が満ちるのを待つだけだ。』
それが、どこまで本当の話なのか、慎一には分からなかった。双子の巫女も、水との契約も、千年前のことだ。確かめるすべはない。あるいは、島民が、自分たちの罪を呑み込むために、長い歳月のあいだに作り上げた、美しい物語なのかもしれない。
だが、真実かどうかは、もう、どちらでもよかった。物語が事実でなくとも、人が消えている事実は、変わらない。
慎一は、ノートを閉じ、これまで島で見てきたものを、頭の中で並べ直した。
学問に浸ってきた者の習い性で、点と点が、勝手に線で結ばれていく。
浜茶屋の寄せ書き帳。数年おきに、ぷつりと途切れる書き込み。あれは、よそ者が「取られた」周期だったのだ。子供たちの数え歌――ひとり ふたり みず の なか。あれは、沈められた者の数を、無邪気に数えていた。子宝の井戸に奉納された、大人の顔の人形。あれは、消えたよそ者たちの顔。慎一に似た人形が、すでに用意されていた。そして、月島。慎一と同じ船で来て、誰より先に、静かに消えた。
すべてが、繋がった。
この島は、千年のあいだ、周期的に、外から来た者を水に沈め続けてきた。豊漁と引き換えに。無病息災と引き換えに。そして、その仕組みは、いまも、何ひとつ変わらず、稼働している。
――次は、自分だ。
理屈では、とうに分かっていた。だが、こうして自分の手で証拠を並べ、論理として組み上げてしまうと、もう、逃れようのない結論として、慎一の前に立ちはだかった。
皮肉だった。真実を解き明かす力。隠された構造を見抜く目。慎一が民俗学徒として、最も誇ってきた能力だった。その同じ能力が、いま、自分が屠られる仕組みを、これ以上ないほど明晰に、教えてくれている。
知れば知るほど、深みにはまる。理解すればするほど、逃げられなくなる。この島では、聡明さもまた、罠の一部だった。




