第35話 あかねの警告
息を切らして宿に戻ると、あかねが、心配そうに駆け寄ってきた。
「慎一くん、どうしたの。顔が、真っ青」
「あかね……俺……」
何が起きているのか、うまく言葉にできなかった。井戸の底から伸びた白い手。水面に映った、老いた自分の顔。同じ拍で動く島民たちの背中。どれも、口にした途端、嘘になりそうだった。あまりに、現実離れしていて。
「少し、休んだほうがいいよ」
あかねが、慎一を部屋へ連れて行こうとした。
その時、彼女の手が慎一の手に触れた。
ひやりと冷たい。
そして、慎一は気づいた。
あかねの手も、半透明になりかけている。
「あかね、君の手……」
あかねは、はっとして手を引っ込めた。
「これは……」
彼女の目に、深い悲しみと恐怖が浮かんだ。
「やっぱり、気づいちゃったよね」
あかねの声が、震えていた。
「ねえ、慎一くん。お願いがあるの」
あかねは、慎一の目を見つめた。
「明日の祭り……絶対に参加しないで」
「どうして?」
「お願い。理由は聞かないで。ただ、信じて」
あかねの必死な表情。
「明日の朝、甚助さんの船が来る。それに乗って、島を出て」
「君も一緒に?」
あかねは、首を横に振った。
「私は……行けない」
「なぜ?」
「私は、もう……」
あかねが何か言いかけた時、廊下から足音が聞こえた。
「あら、二人とも、こんなところで」
キヨだった。
「夕食の準備ができましたよ」
あかねの表情が、一瞬で変わった。
恐怖の色が消え、いつもの穏やかな表情に戻る。
「はい、今行きます」
そう答えるあかねの声は、不自然なほど明るかった。
慎一は、混乱した。
今、あかねは確かに警告しようとしていた。
しかし、キヨが現れた途端、まるで別人のように振る舞い始めた。




