第33話 シンクロする島民たち
朝食後、慎一は散歩に出た。外の空気を吸えば、頭の靄も晴れるだろう、と思った。
港で、漁師たちが網を繕っていた。
慎一は、足を止めた。
五人の手が、同じ拍で動いていた。同じ角度で針を通し、同じ間で糸を引き、同じ呼吸で手首を返す。五人で一つの、大きな生き物のようだった。見えない誰かが、上から拍子を取っているかのように。
「……おはよう」
慎一が声をかけた、その瞬間。
五つの手が、ばらけた。一人が顔を上げ、ほかの四人も、てんでばらばらに振り返る。さっきまでの、あの不気味な統一が、嘘のように。
「おお、羽生さん。散歩かい」
「今日はいい天気だで」
親しげな、ばらばらの挨拶。慎一は、ひきつった笑みを返した。気のせいだ、と思おうとした。だが、畑の脇を通りかかった時、また、それを見た。鍬を振る女たちの背中が、寸分の狂いもなく、上下している。近づけば、また、何事もなかったように、ばらける。
彼らは、慎一が見ていない間だけ、一つになる。見られていることに気づくと、慌てて、人間のふりに戻る。そういうことなのだと、慎一は思った。思ってしまってから、後悔した。
潮待庵へ戻る途中、縁側に、あの中年男性が座っていた。娘の美香を探して島へ来た、あの男だ。膝の上に、写真を一枚、大事そうに載せている。
「羽生さん。見てくださいよ。美香です。うちの娘。ね、きれいに笑っとるでしょう」
慎一は、写真を覗き込んで――息を呑んだ。
写っていたのは、人ではなかった。かつては少女だったのだろう。だが、レンズの中のそれは、全身が濡れそぼり、肌が青白く膨れ、目は魚のように白く濁っていた。半開きの口から、黒い水が、糸を引いて垂れている。
それを、男は、心底幸せそうに、指の腹で撫でていた。
「やっと会えるんです。もうすぐ。この島に美香がおるって、皆さんが教えてくれて。長かった。ほんに、長かった」
慎一は、後ずさった。
この男にとって、それは、笑う娘なのだ。水が、男の目に映るものを、都合よく塗り替えている。そして――島へ来て三日で、慎一にだけは、塗り替えられる前のものが、見えてしまう。まだ、半分しか、取られていないから。
ふいに、悟った。男の娘は、とうに取られている。何年も前に、この島の井戸へ。男は、それを知らされぬまま、毎年、娘を「探しに」呼ばれてくる。会えるという甘い嘘で、繰り返し島へ通わされ――そうして、いつか、男もまた、娘の隣へ沈められる。餌が、別の餌を、呼んでいるのだ。
――次は、自分の番だ。
その確信が、ひたひたと、足元から這い上がってきた。




