第28話 島の昼下がり
昼食は、港近くの食堂でとった。
『浜茶屋』という小さな店で、地元の人々で賑わっていた。
「ここの海鮮丼が絶品なんです」
あかねの言葉通り、出てきた海鮮丼は見事だった。
新鮮な魚介類が、ご飯が見えないほどぎっしりと乗っている。マグロ、イカ、エビ、ウニ、そして朝獲れたばかりの地魚。
「うまい」
老人が、子供のような笑顔で頬張っている。
中年男性も、黙々と箸を進めていた。
「こんなに新鮮な魚、東京では食べられませんね」
慎一も、その美味しさに感動していた。
特に、地魚の刺身は絶品だった。淡白ながら旨味があり、醤油をつけなくても十分美味しい。
「これで千円は安いなあ」
店主が、嬉しそうに笑った。
「観光客の方にも、島の味を知ってもらいたくてね」
会計を待つあいだ、慎一は、店の壁際に置かれた一冊の古いノートに目を留めた。表紙に『お客様ノート』とある。訪れた観光客が思い思いに感想を書き残す、よくある寄せ書き帳だった。
学生の癖で、慎一はそれを手に取り、ぱらぱらとめくった。
「美しい島でした」「海鮮丼、最高!」「また必ず来ます」――他愛のない言葉が並んでいる。日付は、古いもので二十年以上前まで遡る。
ただ、奇妙なことに気づいた。
書き込みは、数年おきに、ぷつりと途切れている。何ページも続いたあと、ある日付を最後に空白になり、しばらくして、また別の筆跡で再開する。まるで、その時期だけ、客がぱったり来なくなったかのように。あるいは――来たきり、二度と、感想を書けなくなったかのように。
最後のほうの書き込みに、慎一は、ひとつの名を見つけた。
「水野香織」。几帳面な、女性の字。「父の足跡を辿って。良い島です」。日付は、数年前。そのページの後、また、長い空白が続いていた。
慎一は、その名を、特に気に留めなかった。よくある宿帳の一行として、記憶の隅に流しただけだった。後に、その名が持つ意味を知ることになるとは、思いもせずに。
「お待たせしました」
店主の声に、慎一はノートを閉じ、棚へ戻した。
食後、一行は港でしばらく休憩した。
防波堤に座って、海を眺める。
穏やかな海面に、小さな漁船が浮かんでいる。カモメが鳴きながら飛び交い、潮風が心地よく吹いてくる。
「平和だなあ」
老人がしみじみと言った。
「こういう時間が、一番贅沢かもしれません」
午後は、それぞれ自由行動になった。
老人と中年男性は宿に戻って昼寝をし、慎一とあかねは島の反対側へ散策に出かけた。




