↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/54

第27話 清明井の荘厳さ

六つの井戸を巡り終えて、慎一は、ふと、奇妙なことに気づいた。


結びの井戸。癒しの井戸。豊穣の井戸。子宝の井戸。大漁の井戸。長寿の井戸。縁、健康、実り、子、糧、長寿――島の暮らしの、あらゆる恵みが、井戸に、つまり水に、結びついている。水を生命の源とする信仰として、これはごく自然なことだ。民俗学的にも、よくある形だった。


だが、それぞれの井戸に添えられた言い伝えには、決まって、影があった。癒された娘は人でなくなり、結ばれた二人は島を出られず、豊漁の裏には「お返し」がある。恵みと、代償。表と、裏。すべての井戸が、同じ一つの真実の、別々の顔であるように。


そして、その真実の中心に、最後の七つ目の井戸がある気がした。


最後の七つ目は、島の北側の森の奥にある『清明井』だった。


他の井戸とは、明らかに雰囲気が違う。


まず、規模が大きい。直径が三メートルはある大きな井戸で、周りを巨石が囲んでいる。そして、しめ縄が張られ、白い紙垂が風に揺れていた。


「これが、島で最も神聖な井戸です」


あかねの声も、自然と厳かになった。


「普段は神官しか近づけませんが、今日は特別に」


慎一たちは、静かに井戸に近づいた。


覗き込むと、他の井戸より遥かに深い。底は見えず、ただ深い闇が広がっているだけだった。


しかし、その深さが、逆に神聖な雰囲気を醸し出している。


慎一は、しばらく、その水面から目を離せなかった。水を恐れてきたはずの自分が、吸い込まれるように、暗い水を見つめている。底のない闇が、なぜか、優しく感じられた。気づけば、どれほどの時間、そうしていたか分からなかった。


――おかしい。こんなに、水を、美しいと思うなんて。


そう思いながらも、視線を引き剥がすのに、不思議なほど力がいった。


「すごい……」


老人が感嘆の声を漏らした。


「何か、パワーを感じますね」


中年男性も、カメラを構えたまま動けないでいる。


慎一も、この井戸の特別さを感じていた。


千年以上前から、島の人々が大切に守ってきた聖地。ここで、どれだけの祈りが捧げられてきたのだろう。


「昔は、重要な決め事をする時、ここで神意を問うたそうです」


あかねが説明した。


「今でも、年に一度の大祭の時は、ここで神事が行われます」


慎一は、井戸の周りの巨石に刻まれた文様を観察した。


渦巻き、波、そして魚。水に関する紋様が、複雑に組み合わされている。


これは、貴重な資料だ。


「写真を撮ってもいいですか?」


慎一が尋ねると、あかねは少し迷った後、頷いた。


「学術的な記録のためなら。でも、フラッシュは使わないでくださいね」


慎一は、丁寧に撮影を行った。


石の配置、文様の詳細、井戸の構造。すべてを記録に残す。


ふと、水面に波紋が広がった。


風もないのに、なぜだろう。


しかし、それも一瞬のことで、すぐに水面は元の静けさを取り戻した。


「そろそろ、お昼にしましょうか」


あかねの提案で、一行は清明井を後にした。


帰り道、慎一は振り返って井戸を見た。


木々の間から差し込む光が、井戸を神秘的に照らしている。


確かに、ここは特別な場所だ。


しかし、それは恐怖ではなく、畏敬の念を抱かせる神聖さだった。


立ち去りぎわ、慎一は、井戸を覗き込んだ。底は見えない。ただ、暗い水面が、かすかに、揺れていた。風は、なかったはずだ。なのに、なぜ、揺れているのだろう。覗き込もうとした慎一の肩を、あかねが、そっと引いた。「あんまり、覗き込まないほうがいいよ」。冗談めかした口調だったが、その手に、一瞬、強い力がこもったのを、慎一は感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。