第21話 浜辺の散歩
宿から歩いて五分ほどで、小さな砂浜に出た。
白い砂が、夕日を受けてオレンジ色に輝いている。波は穏やかで、さらさらと優しい音を立てていた。
「ここ、私の秘密の場所」
あかねが、砂浜に座った。
「子供の頃から、考え事をしたい時はいつもここに来てたの」
慎一も隣に座った。
目の前には、どこまでも続く水平線。空と海の境界が、夕焼けの中で曖昧になっている。
「きれいだな」
「でしょう?」
あかねが嬉しそうに言った。
「東京にいる時、一番恋しかったのがこの景色」
二人は、しばらく黙って海を見つめていた。
波の音、風の音、遠くで鳴く海鳥の声。自然の音だけが、静かに響いている。
「ごめんね」
突然、あかねが口を開いた。
「急に島に帰っちゃって、心配かけて」
「いや、それは……」
「本当は、もっとちゃんと説明したかった。でも、あの時は……」
あかねの表情が、少し曇った。
「体調が、本当に悪くて。東京の水が、どうしても合わなくなっちゃって」
慎一は、大学でのあかねの様子を思い出した。水を飲まない、雨を恐れる、そして体から滲み出る水……
「でも、島に帰ってきたら、嘘みたいに良くなったの」
あかねが、明るく笑った。
「やっぱり、生まれ育った場所が一番なのかな」
慎一は、複雑な気持ちだった。
確かに、今のあかねは健康そのものに見える。しかし、大学で見た異変は、単なる体調不良では説明がつかない。
「なあ、あかね」
「うん?」
「あの時言ってた、島の話……」
慎一が切り出そうとした時、あかねの表情が一瞬、恐怖に染まった。
しかし、すぐに笑顔に戻った。
「ああ、あれは……ちょっと大げさに言い過ぎちゃった」
あかねは、砂を手に取って、さらさらと落とした。
「確かに、昔からの言い伝えはあるけど、今はもう誰も信じてないよ」
「そうなのか?」
「うん。観光客向けの、ちょっとしたミステリー演出みたいなもの」
あかねの声は、自然だった。しかし、慎一には分かった。彼女が何かを隠していることが。
でも、今は追及しなかった。
せっかくの美しい夕暮れ。そして、久しぶりに会えた友人との時間。それを、不安や疑惑で汚したくなかった。
「明日、島を案内してくれる?」
慎一が話題を変えた。
「もちろん。七つの井戸も、神社も、全部案内するね」
あかねの顔が、パッと明るくなった。
「きっと、慎一くんも島を好きになると思う」
夕日が、水平線に触れた。
空が茜色に染まり、海が燃えるような色になる。
その美しさに、二人はしばらく言葉を失った。
ふと、あかねの横顔を見ると、彼女は夕日ではなく、足元の潮だまりを、じっと見つめていた。茜色の空を映したその水面に、なぜか、彼女は、怯えるような、焦がれるような、奇妙な目を向けていた。慎一が視線に気づくと、あかねは、はっと、いつもの笑顔に戻った。「……帰ろっか」




