第10話 渡海丸の船長
三番船着き場に係留されていた渡海丸は、想像以上に小さな漁船だった。定員は十人程度だろうか。船体のペンキは剥げ、錆が浮き、エンジンから油の匂いが漂っている。
甲板には、大量の塩が入った袋が積まれていた。なぜこんなに塩を、と慎一は不思議に思った。
「甚助さんですか?」
船尾で網を繕っていた男が顔を上げた。五十代後半だろうか、日に焼けた顔に深い皺が刻まれている。しかし、その目は若々しく、まるで獲物を狙う肉食動物のような光を宿していた。
「あんたが最後か」
甚助は、慎一が差し出した鍵を一瞥した。
「四人も乗せるのは久しぶりだ。最近は、島に行きたがる奴は減る一方だったが」
甚助の声は、妙に湿っていた。客が減ったことを、惜しんでいるのか、安堵しているのか。どちらとも取れる、底に深い疲れの沈んだ声だった。
「他の人たちは、もう乗ったんですか?」
「ああ、船室にいる」
慎一が乗り込もうとすると、甚助が呟いた。
「また、水に捧げる羊か」
「え?」
「いや、なんでもない。さっさと乗れ」
慎一が船に乗り込むと、甲板が大きく揺れた。足元を見ると、甲板のあちこちに奇妙な傷跡があった。まるで、何かが爪で引っ掻いたような、深い溝。
そして、気づいてしまった。その傷跡の一部が、まだ新しいことに。木材の断面が、まだ乾ききっていない。つい最近、何かがここで激しく暴れたのだろうか。
「気をつけろ」
甚助が言った。
「この船は、いろんなものを運んできた。生きてる奴も、死んでる奴も、その中間の奴も」
中間の奴。その言葉が、慎一の胸に不吉な響きを残した。




