3、森の中の宿舎
また移動したのか。微かな浮遊感を感じたが、その兆しも魔法の光にも気づかなかった。
オルフル様は、イービー星で最強のセルフィア王国の魔導大使だから、こんなことができるのか。それともイービー神は皆、これほど魔法技術が高いのか?
「あれ〜? 森の中に移動したの?」
スピカは、かなり反応が遅い。森の中? 俺達は、客間らしき広い室内にいる。しかも窓はない。
「よくわかったな。ここは、キミ達に滞在してもらう宿舎だ。周りは森になっている。すぐに世話役が来るはずだが……子供達の方が先に気づいたようだな」
クッ……。俺よりスピカの方が、サーチ能力も優れているのか。もう、俺の自尊心はズタボロだ。
「宿舎なの? あーっ! チビっ子がたくさん覗いてるよー。スピカちゃんが可愛いからかな? まお……じゃなくて、シリウスが、ちっちゃいからかな?」
スピカは、魔王と言いそうになって、寸止めした。他のロッコ族には俺が魔王だったことを言わない方がいいと、オルフル様から忠告されたからか。
「新たな人が来るとは、思ってなかったのだろう。世話役が来る前に、禁止事項を話しておく」
オルフル様は、俺の顔をジッと見ている。魔王に関する念押しだろうか。
「禁止事項? やっちゃダメなこと?」
「あぁ、そうだ。この人工星にいる人達に、未来の話をしてはいけない。今は、イービー暦999年だ。それ以前の話なら構わない」
未来の話?
「でも、興味津々なチビっ子もいるかもー?」
「未来の話を聞くと、その者の世界線がズレるからね。この使命が終わった後、元の時代に戻れなくなる。キミ達は一番遠い未来から来たから、特に気をつけなさい」
そうか。俺達が時を遡って来たことで、この先の未来は日々変わっていくからか。俺達が知る未来の話をすると、彼らの世界線を歪めてしまうのだな。
「えー? オルフルさまに話したよ? スープラットの厄災が広がってるって」
「私は良い。多くの世界線を知っているからな。イービー星から来ている者は、大勢いる。セルフィア王国以外の者にも、話さないように気をつけてくれるか」
「わかった〜。ん? いっぱい居るの?」
「森の中には、ほとんど居ないが、街やその他の施設には大勢いる。この人工星では、出生などの身分差は存在しない。キミ達も気にしなくていい」
身分差は存在しない? いやいや、イービー星から来た人は、全員が神だ。敬意を表するのは常識だろ。しかし、そんなに大勢の神がいるのか。頭がチリチリしてくる。
「はーい。じゃあ、オルフルさんって呼ぶね〜」
コイツ……。
「オルフルさん、お待たせしました。また来ちゃったんですね。少しズレたのは、シャルルさんが疲れていたのかしら?」
部屋には、にこやかな表情の女性が入ってきた。この人は、ロッコ族だ。俺達の世話役か。
「そうかもしれないね。数日前に来た人達に合流できるよう、調整してください」
「かしこまりました。では夕食の時に、みんなに紹介しますね。えーっと、スピカさんとシリウスさんね。お部屋に案内するから、ついて来てちょうだい。私は、寮長のバーラよ」
世話役は、自分の携帯機を見て、俺達の名前を呼んだ。あの魔道具は情報を共有するのか。
彼女は、俺達を先導するように、部屋から出て行く。
俺は、オルフル様に挨拶しようと振り返ったが、もう姿はなかった。全く気づかなかったな。この異常な転移能力は何だ?
「こちらが、スピカさんの部屋で、その向かいがシリウスさんの部屋ね。最終転生の直後に時空転移をしたから、疲れたでしょう。部屋で少し休憩してちょうだい。夕食の時間になったら、一斉に念話で知らせるわね。携帯機に『地図』が入っているはずだから、それを見ながら来てもらえるかな」
案内に慣れているな。
「あのー、この魔道具はアイテムボックスだって言われたんですけど〜、スピカちゃんは、失くしてしまう自信があるの」
「心配しなくても大丈夫よ。携帯機は身体と繋がっているから、どこかに置き忘れても、勝手にポケットの中に戻ってくるわよ。イービー星の技術なんだって」
へぇ、すごいな。
「この服には、ポケットがないよ」
「それは、転生の時に支給された物よね? 身体に合わせて、大きさが変わるローブでしょ」
「転生したときに、みんな同じローブ姿になってたのは、そういうことかぁ。気にしてなかった〜」
コイツ……。大聖堂の入り口で説明を聞かなかったのか? あまりにも大胆だな。
「明日の朝には、携帯機に『財布』と『タンス』が追加されるわ。『タンス』には標準的な子供用の服が入っているから、自由に着替えてちょうだい」
お金や服が、自動的に支給されるのか。それで、アイテムボックスと説明されたんだな。
「え〜っ、明日? 今夜は、このローブのまま寝るの?」
「部屋には、部屋着があるわ。心配しなくても大丈夫よ。もちろん、シャワーもあるわ」
「じゃあ、良かった〜。バーラさん、ありがとう」
スピカはそう言いながら、部屋の扉を開けた。
だが、そっちは、俺の部屋だ。
「スピカさんは、こっちよ。男女で列を分けているのよ」
「あっ、間違えた〜。あはっ」
わざとだな。扉には、いつの間にか名前が表示されている。スピカは、他人が開けられるかを確かめたか。
「では、ゆっくり休憩してちょうだい。部屋には、飲み物の冷蔵庫もあるからね」
寮長は、俺達を残して戻っていく。後ろからついて来ていた人達は立ち去る気はなさそうだが、俺は気づかないフリをして部屋に入った。
扉を閉め、鍵をかけると、ホッとした。ずっと緊張の連続だったからな。
部屋の中は、狭いビジネスホテルのようだと感じた。これも前世の記憶だろう。少し懐かしさを感じる。
奥の小さな窓の側にベッドがある。壁沿いには、ミニテーブルや椅子。あぁ、入ってすぐの扉の先はシャワー室か。
えっ……。
シャワー室を確認するつもりで中に入ると、洗面台があった。鏡に映った自分の姿に、俺は一瞬、思考が停止した。
そうか。だからスピカは、俺をカワイイと言ったのか。小さいという意味かと思っていたが……。
鏡に映った俺の姿は、5〜6歳の……少女のようだった。
そうだ、そうだった。
俺は完全に忘れていた。
俺の一番最初の命は、ロッコ族には珍しく、5歳まで生きた。だが、幼い少年を殺して遊ぶ、悪魔系の魔物に狙われ、転生しても翌日に、住む場所を変えても数日後には、また殺された。だから4つ目の命のときに、俺は、女になり切ることで、男を狙う魔物から逃れたのだ。
鏡に映った俺は、あの頃の姿だ。
変な魔法が得意な魔族に、肩まで髪を伸ばしてもらっただけだが、不健康なほどの色白のためか、髪型と服装だけで少女に見えた。
思い出したくない黒歴史だ。




