10、スピカとレイシー
その日の夕方、俺は、スピカが部屋から出て来るのを待ち、一緒に宿舎の門へと移動した。
スピカは、少し仮眠したらしい。目の下のクマは、マシになっている。だが、死ぬ人がいると聞いたためか、その表情は暗かった。
「皆さん、これから転移魔法で、森の中のキャンプ場に移動します。準備はいいですか?」
寮長は、高そうな杖を持っている。他に3人の大人がいた。昨日会った武術の先生もいるな。俺達は、武術なんて習ってない。俺とスピカは数日遅れで合流したからか。
準備と言われても、特に何もない。皆は、杖を握っているが、俺もスピカも手ぶらだ。杖を装備しろと言われていたが、持ってないものは装備できない。
地面に魔法陣が現れた。その少し後、ふわっと浮遊感を感じた。
◇◇◇
「皆さん、キャンプ場に到着しました。グループ分けをします。グループごとに食材を集めてもらいますね」
バーベキューの食材を探す試験か?
名前が順に呼ばれている。3人ずつ3つのグループに分けたようだ。俺は一番最後に呼ばれた。
「では、第1グループと第2グループは、バーベキュー用の肉を狩ってきてください。第3グループは、野菜の調達をお願いします。なお、夜の森は、強い魔物が多くなりますので、気をつけてください」
俺達は、野菜担当か。
「シリウス、このグループ分けって、弱い順に呼ばれたよね? 戦闘力の低い人に肉の調達って、おかしくない?」
俺は、スピカと同じグループだ。もうひとりは、昨日瀕死の傷を負った少女だ。彼女は、スピカの次に名前を呼ばれた。
「改めて挨拶しておくわ。私は、レイシー。聖都で生まれて、ずっと聖都で暮らしていたけど、神官ではないわ。ただの黒魔導士よ」
聖都生まれの聖都育ち?
「レイシーさん、よろしく! 私は、スピカ。ちっちゃいのはシリウスだよ。私もシリウスも、田舎で生まれ育ったから、聖都のことは、あまりわかんない」
「スピカさんは、シリウスさんと元々親しかったの?」
「ん〜、シリウスのことは、ずーっと落とそうとしてたんだけど、全然スピカちゃんの術に引っ掛からないの」
コイツ……。
「へ、へぇ、そういう感じだったのね。神による転生で、スピカさんの方がお姉さんに見えるようになったけど……」
「ん? 転生前から、スピカちゃんの方がお姉さんだよー。スピカちゃんは、記憶の引き継ぎをしてロッコ族になったもん。シリウスは、ロッコ族になる前は、アース星の人だったからね」
俺は、ふたりが喋る後ろを、少し離れて歩いた。スピカは、俺の素性を隠してくれるつもりらしい。
俺達は野菜を集めろと言われたが、戦闘力の低い人に狩りをさせる意図がわからない。
「レイシーさん、どうして弱い人に肉の調達をさせるんだろう? このグループ分けもおかしいよ。バランスが悪いもん」
「これが最終試験なのよね? 人工星に来るときに与えられた6つの命を失うと、強制送還になるみたい。弱い人を排除したいのだと思うよ」
「そんなの、おかしいよね? 私達は、原因の調査をするわけでしょ。ロッコ族なんだから、魔法を封じられなければ、それなりにみんな強いよ?」
スピカの感覚は、サキュバスのままか。獲物を狙う時も、群れる個体が多い。仲間意識が強いのかもな。
「スピカさんは優しいね。私は、足手まといになる人は、さっさと帰ればいいと思ってる。神による転生直後に、ここに来たから、最終転生の自覚のない人もいるのよ。新たに6つの命を与えられた理由もわかってない。この人工星が、いかに危険で、大神官様から託された使命が、どれだけ難しいものかを、理解できてないのよ」
彼女は、吐き捨てるように話すと、ハッと我に返ったようだ。慌てて、スピカの表情を窺っている。
「レイシーさんは大人だね。スピカちゃんは、ロッコ族の時間が短いから、たぶん深く考えないのー。でも、シリウスがビビってるのを見て、ここが危険なのは知ってるよー」
コイツ……。
確かに俺は、オルフル様にビビってたが……。それを、スピカは感じ取っていたのか。まぁ、バレるよな。俺は固まって、何も喋れなかった。
俺は歩きながら、気づけば、ツタや草でカゴを編み、木イチゴを集めていた。無意識にカゴ作りをするなんて、初めての経験だ。どこで覚えた?
「あれ? シリウスが、可愛いカゴを作ってる〜。薄暗いから全然気づかなかったよ」
ふたりは立ち止まり、俺のカゴを覗き込んだ。木イチゴと草の色合いが可愛いのか?
「私達、ずっと話してて、ごめんなさい。もう集めてくれたの? ほんと可愛いカゴね」
「適当に目についた木イチゴを摘んだ。美味いかはわからない」
「美味しそうな匂いがするから大丈夫だよ。キャンプ場の裏にコーン畑があったし、そろそろ戻ろう。狩りの人達が待ってるかもしれないよ」
スピカは、急にソワソワして、道を曲がっていく。向かっているのは、キャンプ場ではないな。
しばらく歩いて行くと、スピカの目的がわかった。
甘いな……。
俺も、足手まといになる人は、この使命から抜ける方がいいと感じている。だが、スピカは違うようだ。おそらく、ただ単純に、狩り担当になった人達が魔物に殺されないように、か。
「あっちに食べられるキノコが生えてるよ。あれ? なんか邪魔なのがいるー」
スピカが指差した先には、魔物に囲まれている人がいた。ひとりは木の上に避難している。プンと生臭いニオイがしてきた。
「スピカさん、他のグループがいるわ。手助けをするのは……」
「私は、焼きキノコを食べたいのー。ちょっと行ってくるねー」
「おい、スピカ! 魔導士が苦戦してることを忘れるなよ?」
俺は、つい、忠告をしてしまった。悪魔族は、ロッコ族よりも、強力な状態異常の術を使うが、あの魔物に効くとは限らない。
「わかった〜」
スピカは、魔物に駆け寄ると、キンと高い音を立てた。俺は、慌ててレジストする。その直後、ぶわっと霧のようなモノを撒いた。甘美な匂い。サキュバスの本領発揮だな。
『スピカちゃんね〜、困るの〜。おっきな魔物さんは、すごぉく邪魔なのぉ〜。おうちに帰ってぇ〜』
甘ったるい声に、数種の状態異常の術を組み込んでいるな。集まっていた魔物達は、ダラダラとヨダレを垂らし、腰を振りながら、ジワジワと離れていく。
完全にサキュバスの幻惑にとらわれたらしい。どの魔物も、理想的な相手と交尾を始めたのだろう。
あー、魔物だけじゃないな。
魔物が離れていくと、囲まれていたふたりも、木の上にいる人も、恍惚とした表情をしていた。
「スピカ、他の人も巻き添えになってるぞ」
「あれー? おかしいな。魔物だけに使ったつもりだったんだけどー。ごめんね、あはっ」
スピカがパチンと指を弾くと、人には見せられないようなことを始めていた少年少女は、ハッと我に返ったようだ。




