第9話 欣喜
私、元・冷泉美月、現・メアリー・ブラウンの、一週間のタイムスケジュールをご紹介しよう。
平日(光曜日、火曜日、土曜日、水曜日、風曜日)
朝五時三十分起床。
午前八時から、畑仕事をする。
午後八時就寝。
地曜日
朝五時三十分起床。
午前九時から午前十一時の間、図書館で本を返却したり、借りたり、読んだりする。
午後零時から、畑仕事などをする。
午後八時就寝。
天曜日
朝五時三十分起床。
午前九時ごろから日が傾く頃まで、ウィリアムくん達と一緒に公園で遊ぶ。
午後八時就寝。
実に健康的な生活だ。
図書館に通い始めて三ヶ月経った今、とうとう『語学』の棚の本を読破した。
大変だった。本は高価なため、借りて家に持ち帰ることができない。母に紙と万年筆をねだり、図書館で本の内容をまとめて紙に書いていった。週にたったの二時間だ。
勿論アルファー文字の本も読み、ラムスカー文字、隣国の四つの言語もなんとか習得した。リスニングとスピーキングの練習ができないのは残念だが、これからの人生、その機会はゴマンとあると信じよう。
そして今日は地曜日。母と共に図書館に来た。
魔術の棚の本を全制覇しよう。文学も気になるが後回しだ。ルンルルンルルン♪
(うわーお! 一番上の棚は『魔術の基礎』シリーズ、なんかよさそう。下の棚ほど学術書っぽいのがいっぱい! むずかしそう〜!)
試しに、『魔術の基礎一 〜魔力放出と制御〜』という本を手に取って椅子に座り、読み始めた。
〈第一章 魔力と魔法と魔術〉
魔力の正体は、未だ解明されていない。しかしながら、あらゆる生物、物質、エネルギー、この世の全てを構成するものだという説が最も有力である。他の説については本書では論じない。
他の生物については不明だが、少なくとも人間に関しては、魔力は体力と非常に似ていることが明らかになっている。特に訓練をしなくても魔力量が最大になるのは、多くは十代後半から二十代である。魔力量は日々の訓練で増やすことが可能だが、年をとるにつれ増えにくくなる。また、訓練を怠ると魔力量は自然に減少していく。
魔法とは、魔力を使って何らかの現象を起こすことであり、魔術とは、人間が魔力を使って何らかの現象を起こすことである。――
ふむふむ。お母さんが言っていたことは大体合っているのか。
〈第二章 魔力放出と魔力制御〉
魔力放出とは、体内の魔力を体外に出すことである。全ての生物は常時無意識に魔力を放出している。無意識的魔力放出と意識的魔力放出があるが、一般に後者を魔力放出と呼ぶ。また、魔力制御とは、放出する魔力を一定に保つことである。原因は不明だが、魔力制御の練習によって魔力量を増やすことができる。
現在、人類の約四割が魔力放出ができず、約二割が魔力放出はできるが魔力制御ができず、約一割が魔力制御はできるが魔術を行使できず、残りの約三割が魔術を行使できる。この章では、魔力放出や制御の感覚を具体的に説明する。――
うん、ここからしよう。
先日はなんとなくできたけど、基礎は大事だからね。
でも、図書館で実践はできないな……、家の庭がいいな。
『魔術の基礎一』『魔術の基礎二』を手に母を探すと、『ルーバン・ヒース全集四』を読んでいた。
母は本が好きだ。しかし、嫁いだ時に姑に多くが捨てられたらしい。さらに、家にいると父の恐怖に怯えなければならないし、本を借り。私が毎週図書館に行くのを許したのは、母が少しでもストレスから解放されたいと思ったのが理由の一つだと思う。
だから、邪魔はしたくない。
しょうがない。母が私に声を掛けるまで、ここでじっくり魔法についてノートをとろうじゃないか。
* * *
「メアリー、帰るよ」
「はい」
文房具を片付け、母と家路につく。
「お母さん」
「なに?」
「お庭で魔術の練習するのを許してください」
「―――!? 学校で習いなさいって言ったでしょう!」
「でも、魔術で家事ができるようになったら、楽ですよね? 魔術でつくった水は普通の水とまったく同じだって本に書いてあったので、植物や環境への影響もないはずですし!」
「……、じゃあ、いいよ。ただし、お父さんの前では魔法を使わないでね。アイツ怒るから」
「はい! ありがとうございます!」
よっしゃーーーー!!!!!!
* * *
帰宅した。
父は剣術指導に行っているので、今はいない。帰ってくるのは夕方だろう。
昼食を急いで食べて、私は庭に出た。
「まずは、魔力放出と魔力制御……」
懐から例のノート(もはやただのメモ)を取り出し、読む。
〈魔術の基礎一 第二章 魔力放出と魔力制御〉
・人類の魔力うんぬんの割合…4:1:2:3
できた。
そうそう、『魔術の基礎一』には、「魔力放出は理論上身体のどこからでも可能だが、多くの人は手から放出する。放出するイメージがしやすいからだと推測される。スーっと細い帯が手から出るイメージをするとよい。」ともあった。確かにそんな感じだ。
脇腹からも出せるか試してみた。
出せた。服が濡れた。じきに乾くだろうが。
マンガやアニメの、魔術を使う瞬間のかっこよさ的なものが、なくなった気がした。
次は……、
先程のメモの続きを読む。
〈魔術の基礎一 第三章 魔法の属性〉
・全部イメージ。
・火土水風(最初にできた属性)、治癒、氷、砂、石、金属など。本に「紙」と書き足されていたので、比較的最近「紙属性」が確立されたか?
じゃ、火から試そう。
周囲に燃えやすいものが多いし、初めてだから、弱火くらいのイメージで、指先から。
でた!
ちょろちょろと、火が!!
次は、土!
全然出なかった!
土っていわれても、畑の肥えた土とそこら辺の砂みたいなののイメージが混ざって定まらない!
それに、リンとかカリウムとかの割合を考えちゃって混乱しちゃうから後回し!
お次は、水!
でた!
ちょろちょろと、水が!
そして、風!
なんにも起こらなかった!
さらに、治癒!
怪我してないから、試せない!
試すために怪我する気もないから、これも後回し!
氷!
氷も水も蒸気もH₂Oなのに、なんで属性が違うの!?
理解できない!
氷も蒸気も出せたけど!
砂、石、金属!
そもそもよくわからん! 全部土と似てるじゃん! 一つの属性にまとめちゃえよ! 元素とか化学式とかどうなってんの?
紙!
めっちゃできる!
この後も二時間ほど試し続け、成功したのは火、水、氷、砂、石、紙だった。
砂は、(テレビでしか見たことないけど)沖縄の砂浜をイメージしたらできた。
石は、小学生の時に学校を出てすぐに見つけて家まで蹴って帰った石や、砂利、墓石をイメージしたらできた。
紙は、藁半紙から上質紙まで、様々な紙を量産できた。
畑に直行して、きゅうりの苗を植えている母のもとに駆け寄る。
「お母さん! 水やりはまだですよね?」
「まだだよ。夕方にする」
「ちょっと見てください! 魔術で水を出せるようになりました! それにこうやったら、地面がえぐれにくいからいいとと思います!」
私は、ジョウロから出る水をイメージして、掌を地面にかざし、水を出した。
今世にジョウロはなく、水やりには基本バケツを使う。まあ前世も、ジョウロよりバケツの方が早いからと、私が中学生になった頃からはバケツを使っていたが。
母を見ると、軽く目を見張っていた。
「他にもできる?」
「はい! 火と氷と砂と石と紙!」
火と白い砂と墓石っぽいのと上質紙を出すと、母はますます目を見張った。
そして居住まいを正して、言った。
「何度も言っているけど、変な人を見かけたら目をそらす。絶対に目を合わせない。もし変な人に捕まったら、迷わずその人に火か水をぶっ放して逃げること。わかった?」
「え? は、はい」
「これからは、朝八時から夕方四時までは、人気のない所と海と山以外、一人で行っていいよ」
「ふぇ? あ、はい。ありがとう…ございます…?」
「今手伝ってもらえることは特にないから、一旦帰って、夕方水やりに来なさい」
「はい」
私は家に戻った。
まだ状況が飲み込めない。
一人で出歩いていい? それは小学生になってからって話じゃ……
魔術で自衛できるようになったからいいってこと?
でも、じゃあなんで魔術を教えてくれなかったんだろう?
でも、でもでもでも―――
やっ………た―――!!!!!
嬉しくて何をしたのかよく覚えていないが、気づけば夕方になっていって、畑に走って行った。
「もうやーめた。アイツが見たら怒るけど、この方が楽だもんね。アハハハハ!」
と、バケツを片づけ、私のように両手から大量の水を出しながらドヤ顔で叫ぶ母の声が、畑にこだました。
* * *
「ふう〜。楽しかった!」
水やりを終えて家に入り、母と洗面所で服を脱いで籠に入れる。夕飯の支度の前に、体を流して汚れを落とすのだ。
多くの家には風呂がなく、数日に一度公衆浴場に行く。私の家にある理由は、父が見栄を張るために古びた風呂付きの家を買ったからだ。正確に言うと、父が選び、母と母の実家が購入した。
この国には、夫が家を選び、妻が家具を選ぶ慣習があるから、父が家を準備するのは理解できる。でも、父は本当に選ぶことしかせず、母を「お前とお前の父親の間に何があったのかばらす」と脅して全額出させたのだ。
閑話休題。私の家は井戸水を使っていて、普段は薪で風呂を沸かすが、今日からはその手間ともおさらばだ。
「メアリー、私が火を出すから、あんたは水を出しなさい」
「? 水魔術だけでいいじゃないですか」
「水風呂にするっていうの!?」
「いや、そうじゃなくて……。見ててください」
お湯を出すのに火と水を使う必要を感じない。どっちもH₂Oだもん。分子の動きが活発になると温度が高くなるんだっけ? そんな細かい事は知りませ〜ん。水もお湯もおんなじでしょ、が私の認識。
ということで、水魔術で両手からお湯を出す。
ジョバババババババババ。
すごい勢いで出したら、10秒くらいでたまった。
「はい、できた」
湯気がももわわわわ〜っと立ち昇っております。
母が信じられないという目でこちらを見ているが、気にしない気にしない。
この国のお風呂は、浴槽の外で体を洗ってから湯船に入る日本式だ。
昨日までは柄杓で湯を汲んで体にかけていたけれど、もう必要ない。全身からお湯を出すのもいいけれど、できる気がしないし、やっぱりお湯は浴びたい。
ということで、手からお湯をシャワー状に出す。
はぁ〜、さいこー。
髪顔体を洗ったら、湯船へドッポン!
きもちいい〜。
* * *
お風呂をあがり、タオルで体を拭く。
今まで髪はタオルドライのみだったから、ちょっとボサボサしていた。
でも! 風魔術が使えたら、ドライヤーになる!
風魔術が使えたら!
使えたら……?
日中試した時はできなかった。
でも、今はドライヤーという明確なイメージができる。
ということは……?
手を頭にかざし、温風を送ろうとすると、、、
出ました! 温風が!
冷風も出せました!!
見よ、これが文明開化だ。
アーウィン歴450年、七月《アベリアの月》 六日地曜日、私メアリー・ブラウンは魔術を習得した。




