第13話 堅忍
十二月七日の夜。
2ヶ月ぶりに父が帰ってきた。
大会の結果は毛ほども興味がなかったので、父が言っていたような気がするが覚えていない。
母と私の比較的平穏ライフ(母が時々突然発狂した以外は平穏そのものだった)は消失し、家の中が荒れた。思い出したくもない。
「なんでオレの飯がないんや!」
「いつ帰ってくるかわからなかったので、材料と手間を無駄にしないために作りませんでした」
「いつ帰ってきてもいいように、毎日作れ!!!」
「無理です」
早速母に当たり散らした父。げんなりする。
「お母さんは悪くない。おかしいのはそっちでしょ」
「おかしいのはお前らや!」
「あんたが親だなんて思ってない」
「黙れぇ!!!」
私が口を挟んでも変わらず、いや火に油を注いだ。
証拠に、母と私のお腹はあいつの右拳を喰らった。
「もう夜だから、この話は明日にしましょう。ご近所さんに迷惑です」
「それとこれとは関係ない! 勝手に話を終わらそうとするな!」
ああ言えばこう言う。日常が戻ってきてしまった。
でも、ご近所さんに迷惑というのは嘘だ。家の北側は道路、東は空き家、南はうちの畑、西は耳の遠い老婆の家。騒ぎを聞く人なんていない。
でも、これは、日常だ。
私にとって、普通のことだ。
普通の、家族だ。
* * *
翌日は、夜遅くまで喧嘩していたから、父以外元気がなかった。母は特に機嫌が悪いから、今にも叫んで壁に頭を打ちつけ始めそうな空気をまとっていた。私は両親に無視を決め込んだ。
空気が重いのも、息が詰まりそうなのも、気づくまでは気にならなかった。
気づいてしまったのは、前世の友人の言葉だった。
ちょうど、「親って怒ると怖いよね」談をしていた時だった。
「ほんと、親って怒ると怖いよね〜。殴る蹴る、罵詈
雑言に、物が飛ぶ。親同士の喧嘩も怖いよね〜。同じことが起きるもん」
「………え? それ、おかしくない? いや、おかしいよ」
「え? なんで? 親ってこういうものでしょ?」
「違うよ」
せっかく五七五調でまとめたのを華麗に無視され、かけられた言葉は冗談だと思った。
友人の真剣な表情を見て、冗談じゃないと知った。
「よっぽど怒って拳骨、とかはわかるよ? 罵詈雑言は、「バカ」は私も言われる。でも、私に対しても、たとえ夫婦喧嘩でも、暴力はないよ?」
「違う違う、ウチのは暴力じゃなくて、単に殴る蹴る、物を投げるってだから」
「それを暴力って言うんだよ?」
私が納得するまで、友人は何度も設定してくれた。
納得に時間がかかったのは、私が理解したくなかったからかもしれない。わからない。
今となっては、その友人に会うことは叶わないだろう。
私は、転生してしまったのだから。
この状況を、私は変えることができない。
もっと酷い環境で懸命に生きている人もいる。
それならやっぱり、生きるべきだと思う。
自分はどうしょうもないクズで、バカだけれど、死んだらそれを変えられない。来世があるかは誰も知らない。ちょっとやそっとでは変わらない性格も、直そうと頑張って生きていれば、マシになる可能性はある。
ゼロを選ぶか、小数点を選ぶか。
小数点の方が、はるかにマシに決まってる。
だから、父に、あいつにただ殴られるのを我慢するのじゃない。たとえ勝てないとわかっていても、反撃はするのだ。反撃することが大事なのだ。
ウマシカな私でも、これは永遠には続かないと解っている。なら、それまでの辛抱だ。
普通とか普通じゃないとか、曖昧なことに囚われて身動きできないのなら、一旦脇において、ちょっと進んで振り返ってみて、まだわからなければちょっと進んで。それを繰り返せばいい。
明るく、楽しく生きていけば、たまには良いこともあるでしょう。
明日の天気は、嵐。
時々、晴れるやもしれません。




