第11話 不審
誘拐未遂事件から一ヶ月が経った。
暑さは増すばかり。夏野菜が美味しいこのごろだ。
まだ他の子供達と公園で遊ぶのは許可されていないので、図書館か畑で過ごしている。今日は早朝に畑で水やりと受粉と収穫をし、朝食を食べてから図書館に来ている。
只今、『魔術の基礎』シリーズ全五巻を読み終えた。
魔術式や魔法陣や呪文について、その組み立て方と攻略方法などだけでなく、簡単な魔術史も書かれていて非常に良かった。
さあ、次は何を読むか。
まず、『魔法・魔術』の棚に近づき、手にしていた『魔術の基礎五 〜魔法と魔術〜』を返却した。
上の棚から順番に攻めるのもいいけど、ここで下の棚に挑戦するのも……、
一番下の棚にある本の中で、一番分厚いものを取り、椅子に座って読む。
題名は、『魔法と魔術の定義』。
…………。
題名が、似ているッ!
よし。これにしよう。
勇んで読んでみたものの、難しい用語が多すぎてよくわからなかった。
どうやら、著者は「人間が行使するのは魔法なのか魔術なのか」を論じているらしい。
紙にわかったことをまとめて書いてみる。。
魔法が発見される前、当然、人類は魔法の存在を知らなかった。
魔法が発見されてから暫くの間の文献には魔術という単語はなく、人間が行使するものも全て魔法で統一されている。
しかし、魔法を発見した人物、大魔法使いアーロの孫弟子達が活躍し始めた頃から、人間が行使するものだけ魔術と呼ばれるようになっている。その理由は何なのか。
様々な文献や資料をまとめた結果、魔法は魔術式や魔法陣、詠唱を行うことなく魔法を行使することであり、魔術は魔術式や魔法陣、詠唱のいずれかを利用して魔法を行使することである、と定義できる。
大魔法使いアーロンとその弟子達は魔法を使えたが、彼らが魔法を教えていくうちに大多数の人間は魔法が行使できないことが発覚し、そのような人々でも魔法を行使できるよう開発されたのが魔術式や魔法陣、詠唱である、と推測される。よって、人類を含む全ての生物の魔力放出と魔力制御及び魔法行使は魔法、人類の魔術式などを用いた魔法行使は魔術である。
現在、魔力の放出・制御を除く「魔法」を使える人は稀である。「魔法」と「魔術」の定義を見直す必要がある。
う〜ん。文章が拙くまとめるのが下手だが、なかなか興味深い内容だ。
あれ……? まてよ……?
お母さんと私、「魔法」、使ってますよね……?
ま、いいや。考えるのが面倒臭いから放っておこう。
本を棚に戻した時、十二時の鐘が鳴った。
帰ろう。
* * *
母が畑にいたので、声をかける。
「ただいま」
「おかえり。アイツはさっき道場に行ったから」
「りょーかーい。お昼ご飯食べた?」
「食べた。テーブルにベーグル置いてるから食べなさい」
「はい。ありがとうございます」
ベーグルは腹持ちがいいから、大好きだ。
「あ、そういえば、お昼前にね、アームストロングさんが教えてくれたんだけど。あんたたちを攫おうとした誘拐犯、海運業者の日雇いの人達だったって」
「へー。そーなんだ」
隣の畑のアームストロングさん。近所の人達から慕われている、ここらでは有名なおじいさんだ。筋肉ムキムキというよりは、農業従事者のしっかりした筋肉って感じだが。
海運業者ってことは、ここからずっと南下したところにある港街からか。攫ったら船で運ぼうとしてたのかな。
食堂食堂のテーブルに、すっかり冷めたベーグルがあった。
おいしい。
「相変わらずお母さんは料理が上手いな」
前世の母も料理上手だった。作ってくれたのは主に和食だったが、時々ケーキやパン、ピザも焼いてくれたものだ。
半分くらい食べ終えた時、玄関の戸が開いた。
父だった。
「オレの財布どこや!」
知らんがな。さっき道場行ったんとちゃうんか。何買うつもりやねんこのクソが。私のランチタイムを邪魔しやがって。
「メアリー、お前が取ったんか!!」
「取ってねーよ!」
どうせお前の財布は空だろうが。
クモの巣すらも出できやしねーよ。
「口答えすんなや!!!」
「ざけんなよ!」
左頬に重い衝撃が来た。
すっ飛んだ。
「痛った……」
まじでふざけんなよ。八つ当たりはやめてちゃっちゃと探せよ。茶色の革製の財布だろ? 茶色の――、
見つけた。
父のズボンとシャツの間に挟まってる。
……、眼鏡かけて眼鏡探すみたいなことしてるじゃん。私も前世で何度もやっちゃったけど。
「あるじゃん。そこに」
「あ゙?」
私は尻もちをついた状態のままビシッと指差した。
あいつはキョトンとして、オヘソの近くを見た。そして――
「ふ、ふざけるなー!!」
もう一発、右拳が飛んでくるのが見える。
ふっ。私を甘く見るなよ、おっさん。
前世でも今世でも、その動きは数え切れないほど見てきたぜ。
そして、お前の弱点もよーく知ってるぜ。
接触する間際、右に一歩進む。
拳を躱しつつ懐、すなわち脚の間に入り込み、私も右手をグーにして―――
勢いよく真上にパーンチ!
父が跳び上がって離れた。
「―――ッ゙、お、ま、え」
「見つかってよかったね。灯台下暗しさん」
私は食べかけのベーグルを左手で掴んで、外に飛び出した。
こういう時は逃げるに限る。単純な力や技量では勝てないからね。
ちなこの技は前世でも通用した。実に便利だ。
畑で適当な石に腰掛けてベーグルを食べ、畑仕事を手伝ってから家に入った。
誰もいなかった。
「平和って、大事だ〜」
椅子に座って天井を見上げながら、一人呟いた。




