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放課後、秘密を拾ってしまった僕はなぜか美少女たちの相談役になった件  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第81話 観察者は、皆が少しずつ前へ出たあとでいちばん深いところを見てくる

 休憩スペースから戻ってきた黒瀬レナは、さっきより少しだけ静かだった。


 もともと騒がしいタイプではない。

 けれど今の静かさは、ただ疲れているだけのものとは違う。


 影山涼太は、それに気づいてしまった。


 気づきたくて気づいたわけではない。

 ただ、最近はどうしても分かってしまう。


 みずきは前へ出ると表情が明るくなる。

 ことりは何かが残った時、少しだけ目元がやわらかくなる。

 レナは本音を言ったあと、静かになる。

 つばさは何かを見抜いた時、逆に余計なことを言わずにこちらを見る。


 そして今、そのつばさが少し離れたところから、影山とレナを見ていた。


「……」


 何も言っていない。

 でも確実に見ている。


 影山はその視線に気づいて、少しだけ嫌な予感がした。


「何だよ」


 つい先に聞いてしまう。


 つばさは本を抱えたまま、淡々と答えた。


「まだ何も言っていません」


「言いそうな顔してた」


「先輩も、最近かなり察しがよくなりましたね」


「おまえらのせいだろ」


「否定はしません」


 そのやり取りを聞いて、みずきが楽しそうに笑った。


「白鳥ちゃん、今日のまとめ来る?」


「まだです」


「まだなんだ」


「もう少し観察してからにします」


「やっぱり観察はするんだ」


 ことりが静かに言うと、つばさは少しだけ考えてから答えた。


「観察はします。でも、外側からだけではないです」


 その言葉に、ほんの少しだけ空気が変わった。


 祭りの夜から、つばさは何度か似たようなことを言っている。

 観察者ではもういられない。

 外側ではない。


 けれど、今日のそれは前より少しだけ落ち着いていて、そのぶん重かった。


 影山は、つばさの言葉を正面から受け止めきれずに視線をそらした。


「……次、どこ行くんだ」


 話題を変えるつもりだった。


 だが、つばさはそれを見逃さない。


「逃げましたね」


「逃げてない」


「かなり自然に逃げました」


「白鳥」


「はい」


「そういうとこだぞ」


「知っています」


 知っているならやめてくれ、と影山は思った。


     ◆


 五人はフードコートの端を抜け、施設の上階へ移動することになった。


 上階には書店と雑貨店がある。

 図書館フロアよりは少し賑やかだが、一階ほど混んではいない。


 移動のエスカレーターで、また微妙な配置ができた。


 前にみずき。

 その横にことり。

 少し後ろにレナ。

 最後尾近くに影山とつばさ。


 自然にできた位置取りだった。

 だが、影山にはもう“自然”を素直に信用する気力がない。


「先輩」


 つばさが隣で呼ぶ。


「何」


「今日、かなり大変ですね」


「見れば分かるだろ」


「はい」


 つばさは前方の三人を見ながら、静かに続けた。


「朝比奈先輩は、図書館でかなり自然に近づいていました」


「……」


「藤宮先輩は、買い物で“デート未満”という言葉を使いそうな距離でした」


「何で分かる」


「表情です」


「怖い」


「黒瀬先輩は、休憩スペースで本音寄りになったあとに少し静かでした」


「……おまえ、ほんとに全部見てるな」


「全部は見ていません」


 つばさは少しだけ目を伏せる。


「でも、見えるところだけでも十分です」


 その言い方は、いつもの観察者らしい冷静さを含んでいた。

 だが、それだけではなかった。


 ほんの少しだけ、寂しさにも似たものが混ざっている気がした。


「白鳥」


「はい」


「おまえはそれでいいのか」


 言ってから、影山は自分で少し驚いた。


 何を聞いているのか。

 それでいい、とは何がだ。

 観察しているだけでいいのか、という意味なのか。

 それとも、他の三人が前へ出ているのを見ているだけでいいのか、という意味なのか。


 つばさは、しばらく黙った。


 エスカレーターが上階へ着く。

 前の三人が先に降りる。

 少し遅れて、影山とつばさも床へ足を下ろした。


「……よくはないです」


 つばさは、そこでようやく答えた。


「よくないのか」


「はい」


 そして、少しだけ前を歩く三人の背中を見た。


「皆さんが前へ出るのを見るのは、勉強になります」


「勉強って」


「本当にそうなので」


 つばさは小さく息をついた。


「朝比奈先輩は静かに強いです。藤宮先輩は明るくて、でも最近は本音も隠しません。黒瀬先輩は遠回しなのに、一言の重さがあります」


「……」


「私は、少し考えすぎるところがあります」


 それは、自分で自分を見ている声だった。


 影山はすぐには何も言えなかった。


「でも」


 つばさは続ける。


「考えるのをやめたら、私らしくなくなるので」


 そして、こちらを見た。


「だから私は、私のやり方で近づきます」


 静かな声だった。

 けれど、今日一日で聞いたどの言葉にも負けないくらいはっきりしていた。


     ◆


 書店へ入ると、みずきは雑誌コーナーへ吸い寄せられ、ことりは文庫の新刊棚を見つけ、レナは人の少ない通路へ向かった。


 つばさはそれを見てから、影山に言った。


「少しだけ、こちらへ」


「どこへ」


「人の少ない棚です」


「またか」


「でも、黒瀬先輩とは違う理由です」


 つばさは落ち着いた足取りで、参考書と評論系の棚の方へ向かった。


 そこは確かに人が少なかった。

 フロア全体のざわめきは聞こえるが、この一角だけ少し静かだ。


「で?」


 影山が聞く。


「何を見せたいんだ」


「本ではありません」


「じゃあ何だよ」


「少し、話したかっただけです」


 その言い方は、どこか第57話の時に似ていた。


 図書室の延長でも、返却本のついででもない。

 ただ、話したい。


 つばさは最初からそう言ってくる。

 しかも、理屈で包んでいるようで、最後はかなり直接的だ。


「……最近、おまえもそれ言うようになったな」


「はい」


「前はもっと理由つけてただろ」


「今もつけています」


「認めるのか」


「でも、理由だけではないことも認めています」


 影山は、棚の背表紙を見ながら小さく息を吐いた。


「で、何の話」


「今日の皆さんの話です」


「やっぱりまとめるのか」


「はい」


 つばさは、少しだけ目線を下げた。


「朝比奈先輩は、先輩と静かな場所で話すことにかなり安心しています」


「……」


「藤宮先輩は、日常の買い物を“デート未満”としてかなり楽しんでいます」


「……」


「黒瀬先輩は、静かな場所で先輩といると本音が出ることをもう分かっています」


「……」


「そして私は」


 そこで一度、言葉が止まった。


 影山は、つばさを見る。


 つばさはいつも通り落ち着いた顔をしている。

 でも、ほんの少しだけ指先に力が入っていた。


「私は、それを外から見ているだけでは、もう少し嫌になってきています」


 その言葉は、とても静かだった。


 だが、だからこそ影山の胸に残った。


「白鳥」


「はい」


「それ、本音だな」


「はい」


 即答だった。


「今日は、ちゃんと本音です」


 つばさはそう言ってから、少しだけ苦笑した。


「いえ、今日も、かもしれません」


 影山は何も返せなかった。


 つばさの言葉はいつも正確だ。

 だからこそ、時々逃げ道がない。


「先輩」


「何」


「皆さん、かなり本気ですね」


 ついに、つばさはその言葉を口にした。


 影山は一瞬だけ、息を止めた。


 分かっている。

 分かっていないふりをしているだけで、本当はかなり分かっている。


 ことりも。

 みずきも。

 レナも。

 つばさも。


 それぞれが別の形で近づいてきている。

 しかもそれは、もうただの相談や偶然ではない。


「……そう見えるか」


「見えます」


 つばさは迷わず答えた。


「先輩も、たぶん見えています」


「……」


「見えているのに、まだ“相談”や“みんなで”という言葉で少し距離を測っています」


「きついな」


「すみません」


「謝る気ないだろ」


「少しだけあります」


 影山は苦笑した。


 それでも、つばさの言うことは正しい。


     ◆


 書店の奥で、二人だけの時間が少し続いた。


 ことりの静かな近さ。

 みずきの明るい強さ。

 レナの一言の重さ。


 それを全部見たあとで、つばさはさらに深いところへ来る。


 自分もその輪の中にいる、と認めたうえで。


「私は」


 つばさが言った。


「急ぎすぎるつもりはありません」


「うん」


「でも、順番を待つだけで何かが起きるとも思っていません」


 その言葉に、影山は少しだけ目を細める。


「だから今日、こうして話してるのか」


「はい」


 つばさは静かにうなずいた。


「私も、先輩と二人で話す時間がほしかったので」


 その一言は、やっぱりかなり強い。


 影山は、逃げずに受け取るしかなかった。


「……そっか」


「はい」


「今日は、みんなそういう日なんだな」


「そうですね」


 つばさは少しだけ笑った。


「でも、先輩」


「何」


「これは今日だけでは終わらないと思います」


 影山は答えない。


 答えなくても、たぶんつばさには伝わっている。


「先輩が思っているより、みんな後戻りできないところにいます」


 静かな声。

 正確な言葉。

 逃げ道のない本音。


 影山は、その言葉をしばらく胸の中で反芻した。


 後戻りできないところ。


 それは、たぶん自分も含めての話なのだろう。


     ◆


「影山ー、白鳥ちゃーん」


 通路の向こうから、みずきの声がした。


「いたいた」


 ことりとレナも一緒にいる。


 つばさは何事もなかったように本を一冊手に取り、棚へ戻した。


「戻りましょうか」


「……切り替え早いな」


「こういうところは得意です」


「知ってる」


 影山はそう返して、みずきたちの方へ歩き出す。


 その隣を、つばさが静かに歩く。


 観察者は、皆が少しずつ前へ出たあとでいちばん深いところを見てくる。

 そしてその深いところに、自分自身もちゃんと足を踏み入れている。


 影山は、つばさの言葉を消化しきれないまま、また五人の輪へ戻っていった。

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