第76話 近寄りがたい女子は、集合イベントが決まると行く前から少しだけ疲れている
黒瀬レナは、まだ何も起きていない段階で少し疲れていた。
原因ははっきりしている。
みんなで出かけるからだ。
図書館併設の商業施設。
課題本の確認と、買い物と、少しの休憩。
建前はきれいだし、理由としても自然だ。
だから断りにくかった。
でも、自然であることと気楽であることは全然違う。
「……絶対、静かじゃない」
朝、クローゼットの前で服を見ながらレナは呟いた。
何が嫌かと言えば、全員がそれぞれ少しずつ前に出ていることだ。
ことりは静かな顔で自然に影山の近くへ行く。
みずきは言うまでもなく、最初から押しが強い。
つばさは冷静な顔で深いところを突いてくる。
影山自身も、前ほど完全に気づかないふりをしなくなってきている。
そんな中で“みんなで出かける”なんて、疲れないわけがない。
「でも……」
レナはハンガーにかかった服を一枚ずつ見た。
行きたくないかと聞かれたら、それもまた違う。
教室の外で影山と会える。
それだけなら、正直少しだけ楽しみでもある。
家での静かな空気のあとだから、余計にそうだ。
ただ、その“少し楽しみ”を素直に認めるのが面倒なだけだ。
「最悪」
小さく呟いて、レナは結局いちばん無難な私服を選んだ。
派手すぎない。
でも手抜きにも見えない。
“別に頑張ってないけど、雑でもない”くらいのちょうどいい線。
こういうところで変に意識している自分も、かなり面倒だ。
◆
登校してからも、その疲れはじわじわ続いていた。
みずきは朝から明日の話をしたそうな顔をしている。
ことりは表向き静かだが、明らかに少しだけやわらかい。
つばさはいつも通り観察している顔で、でもたぶん内心ではかなり楽しみにしている。
そして影山は、自分だけが大変そうな顔をしているつもりかもしれないが、周囲から見るとそこまで余裕でもない。
「黒瀬、今日は朝から疲れてない?」
みずきが昼休みに言った。
「疲れてる」
「正直」
「まだ何も起きてないのに?」
「起きる前から疲れるタイプのイベントでしょ、今回」
それはたぶん、かなり正しい。
ことりが少しだけ苦笑する。
「そうかもしれません」
「朝比奈まで認めるんだ」
「だって、少しだけ落ち着かないので」
その静かな本音に、レナは少しだけ救われた気がした。
自分だけが気にしているわけではないのだ。
「白鳥さんは?」
ことりが聞く。
つばさは抱えていた本を机へ置いて、少し考えるふりをした。
「楽しみ七割、警戒三割です」
「うわ、具体的」
みずきが笑う。
「黒瀬は?」
レナは一瞬だけ黙って、それから言った。
「疲れ六割、警戒三割……」
「残り一割は?」
みずきが聞く。
レナは少しだけ視線を逸らす。
「……なくはない、楽しみ」
言ったあとで、自分でも少しむず痒くなる。
でも、言ってしまうと少しだけ楽だった。
「うわ、黒瀬が言った」
みずきが面白がる。
「そこ大声にしないで」
「いやだって、かなりレアじゃん」
「うるさい」
つばさが横から補足する。
「でも分かります」
「何が」
「疲れるのに、行きたくはある感じです」
その表現は、妙にしっくりきた。
そうだ。
嫌ではない。
ただ、いろいろ起きそうで疲れるだけだ。
◆
放課後、レナは窓際で帰る準備をしながら、ちらりと影山を見た。
今もいつも通り、鞄へプリントを入れている。
でもその横顔が、前より少しだけ“明日のことを考えている顔”に見える。
みんな、同じなのだろう。
誰も口にはしないが、それぞれ少しずつ明日を意識している。
「黒瀬」
影山が呼ぶ。
「何」
「明日、人多いのしんどくなったら先に言えよ」
その一言が、不意に胸へ落ちた。
「……何それ」
「いや」
「いや、じゃなくて」
レナは少しだけ眉をひそめる。
「今の、先に言う?」
「言うだろ。絶対途中で疲れるの見えてるし」
「見えてるって何」
「分かるから」
そう言って影山は、また何でもない顔へ戻ろうとする。
でも、今の一言は完全に“レナの反応を前提に考えている”言い方だった。
そういうところがずるい。
「……ありがと」
小さく言うと、影山は少しだけ目を細めた。
「おう」
それだけで終わる。
でも、それだけで少し疲れがやわらぐ。
たぶん明日はうるさい。
みずきが騒ぐ。
ことりは静かな顔で近づく。
つばさは全部見てくる。
自分もたぶん、また静かな場所で少しだけ本音をこぼす。
それを想像するとやっぱり疲れる。
でも、その疲れの中にちゃんと“行きたい”が混ざっている。
近寄りがたい女子は、集合イベントが決まると行く前から少しだけ疲れている。
ただし、その疲れは、楽しみを隠すための予防線でもあるのだろう。
レナは帰り道、夕方の風を受けながら小さく息を吐いた。
「……疲れるだけ。たぶん、少しは楽しみでもあるけど」
その独り言は、今の自分にとってかなり素直な方だった。




