第74話 元気系女子は“みんなで遊ぶ”を提案しながら、本命の個別時間もちゃんと狙っている
藤宮みずきは、夏休みの予定というものが、放っておくと案外すぐ空白になることを知っていた。
もちろん、部活はある。
友達と遊ぶ約束も、家の手伝いも、それなりには入る。
でも学校がなくなると、“毎日同じ場所にいるから自然に会える”という当たり前が消える。
その消え方が、最近のみずきには少しだけ気に入らなかった。
祭りのあと。
影山の家で課題整理をしたあと。
教室での距離感は前より確実に変わった。
だからこそ、夏休みに入った瞬間その空気が薄まってしまうのは嫌だ。
「……だったら、こっちから作ればいいんだよね」
朝、ベッドの上でスマホを見ながら、みずきは一人でうなずいた。
“二人で行こう”を最初から言うのもありだ。
最近の自分なら、もう言えなくはない。
でも、今の段階でいちばん強いのは、まず“みんなで集まる日”を作ることだと思っている。
その中で自然に二人になる。
あるいは、二人っぽい時間を何度か作る。
それならことりも来る。
レナも、文句を言いながらたぶん来る。
つばさも、理由があればきっちり来る。
そして影山も、“みんなで”なら断りにくい。
「よし」
小さく気合いを入れて、みずきは立ち上がった。
今日は言う。
明るく。
でも、ちゃんと通す。
◆
昼休みの教室は、いつもより少しだけ浮いていた。
終業式が近いからか、クラス全体に“もう少しで夏休み”の空気が漂っている。
課題の話をしているグループもあれば、遊びの予定を立てている集まりもある。
その中で、みずきは弁当箱を持ったまま影山の席へ向かった。
「影山」
「何」
「夏休み最初の予定、決まってる?」
影山が箸を止める。
「……何だその聞き方」
「普通の確認だけど?」
「おまえがそう言う時、だいたい普通じゃない」
失礼だなあ、とみずきは思った。
でも、だいたいその通りなので反論は弱くなる。
「で、決まってるの?」
「部活ない日もあるけど、まだそこまで」
「よし」
「その“よし”何だよ」
みずきはにやっとした。
「みんなで出かけようよ」
ことりが、少し離れた席からこちらを見た。
レナも窓際で頬杖をついたまま、耳だけは完全にこっちへ向いている。
つばさはまだ教室へ来ていないが、たぶん後でこの流れを知ったら乗ってくる。
「みんなで?」
影山が聞き返す。
「うん」
「何しに」
「図書館と買い物」
「雑だな」
「雑じゃないって。ほら、課題の本も見たいし、文房具も買いたいし、ついでに冷房あるとこで休めるし」
その時点で、ことりが自然に会話へ入ってきた。
「図書館併設の商業施設なら、たしかに全部できますね」
「でしょ?」
みずきはことりへ向かって笑う。
「課題本も見られるし、夏休み用品もそろうし、フードコートとかもあるし」
ことりは少し考えてから、静かにうなずいた。
「合理的ではあります」
「朝比奈が合理的って言った、勝ち」
「勝ち負けではないです」
そこへレナがぼそっと言う。
「どうせ“みんなで”の中で個別時間作る気でしょ」
みずきは数秒だけ黙って、それから素直に笑った。
「まあ、半分くらいは」
「認めるな」
影山が言う。
「いやだって、みんなでずっと固まって動くのも無理じゃん」
「それはそうだけど」
「じゃあ自然な話だよ?」
たしかに、図書館や買い物エリアなら、少し離れたり二手に分かれたりは自然に起きる。
だからこそ危ないのだと影山は思う。
「藤宮さん」
ことりが小さく言った。
「はい?」
「今、かなり本音寄りでしたよね」
「最近はそうするって決めたから」
みずきはそう言って肩をすくめる。
祭りのあとから、自分の方針はもうかなり決まっていた。
全部を冗談にはしない。
勢いの中へ、本音をちゃんと混ぜる。
その方が、たぶん影山には届く。
◆
昼休みの途中で、つばさも教室へ来た。
「失礼します」
「白鳥ちゃん、ちょうどいいとこ!」
みずきがすぐに手招きする。
つばさは本を抱えたまま近づいてきた。
「何か決まりましたか」
「夏休み最初にみんなで出かける案」
ことりが簡潔に説明する。
「図書館併設の商業施設です。課題本の確認と、買い物と、少し休憩も兼ねて」
つばさは一瞬だけ考える顔をしたあと、静かに言った。
「かなり自然ですね」
「でしょ?」
みずきが言う。
「自然すぎて怖いけど」
レナが横から刺す。
つばさはその一言に小さくうなずいた。
「でも、夏休みの最初に全員で会う理由としては強いです」
「白鳥までそう言うのか」
影山が言う。
「事実なので」
やっぱりその返しだ。
「で、影山」
みずきが改めて言う。
「どう?」
「どう、って」
「来る?」
そこを聞くのか、と影山は思う。
でも、この場合みずきにとってはいちばん大事なのはそこなのだろう。
「……みんな来るなら」
そう答えると、みずきの顔がぱっと明るくなる。
「よし!」
「だからその“よし”が早い」
「だって決まったし」
ことりが少しだけやわらかく笑った。
レナは「もう決まった空気じゃん」とぼそっと言う。
つばさは静かに日程を確認し始める。
「土曜の方が人は多いですが、時間は合わせやすいですね」
「午前から?」
ことりが聞く。
「お昼前集合でもよさそうです」
「レナは来れる?」
みずきが聞くと、レナは本気で嫌そうな顔をした。
「なんで私だけ先に確認されるの」
「だって一番“別に行かなくてもいいけど”って言いそうだから」
「……言おうと思ってた」
「ほらね」
「でも?」
みずきがにやにやしながら促す。
レナは少しだけ視線を逸らした。
「……暇ではある」
「はい決まり」
「決まってない」
「決まってる」
そのやり取りに、教室の空気が少しだけやわらいだ。
でもそのやわらかさの中に、ちゃんと熱がある。
ただのクラスの遊びではない。
少なくとも、今の自分たちにとっては。
◆
放課後、みずきは一人で帰りながら、自分の提案を少しだけ振り返っていた。
みんなで出かける。
それは本当だ。
課題本を見るのも嘘じゃない。
買い物も必要だ。
でも、それだけではない。
ことりが本棚の間で影山と二人になる時間ができるかもしれない。
レナが人の少ない休憩所で少し本音をこぼすかもしれない。
つばさがまた全体を見たうえで深いところを刺してくるかもしれない。
そして自分もまた、買い物や移動の中で少しだけ“彼女っぽい距離”を混ぜる気でいる。
「……うん、かなり狙ってる」
自分で認めて、少し笑った。
でも、それでいいとも思う。
今の自分たちは、もう“ただみんなで仲良く”だけで止まる段階ではない。
誰もそれを言葉にはしていない。
でも、全員が少しずつ前へ出ている。
みずきは駅へ向かう人の流れの中で、スマホを見下ろした。
まだ詳細は決まっていない。
でも日程調整を始めれば、もう本当に動き出す。
「影山、ちゃんと覚悟してね」
小さく呟く。
元気系女子は“みんなで遊ぶ”を提案しながら、本命の個別時間もちゃんと狙っている。
そしてその企みは、たぶん前よりずっと隠せていなかった。




